ランニング編 走ることが毎日の生活となってきたため、独立させました。

3シーズン目の成果と来期の目標   久々にランニング、足がもつれる   佐倉マラソンを見学
    

3シーズン目の成果と来期の目標

ランニングを再開して3年目の今シーズン、幸いに参加したすべての大会で雨に降られなかった。結果も、目標をクリアできてまずまずといえる。距離ごとの改善状況は以下のとおり。

 

5km   (2022) 34分42秒 → (2023) 31分35秒 → (2024) 28分52秒

10km   (2022) 77分33秒 → (2023) 68分42秒 → (2024) 62分58秒

10マイル   (2024) 1時間47分17秒

ハーフ (2023) 2時間46分29秒 → (2024) 2時間25分17秒

 

30代のときの自己ベスト(10km)を67歳にして塗り替えたのが自慢である。5kmで約3分、10kmで約6分、ハーフで約21分改善したのは、シーズンオフに1,000km走ったからであろう。その1,000kmは、日々の5km10kmの積み重ねである。今年も秋に向けて、日々精進しようと改めて思う。

VDOTでいえば5kmが32.3、10kmで30.5、ハーフで29.0である。ハーフの記録からフルマラソンを試算すると、4時間56分でサブ5になる。とはいえ、km7分ペースを42km維持できるかというと、現状では少々厳しそうだ。

来シーズンは全種目VDOT30以上を目標にしようと思っている。ハーフで2時間21分、九十九里から4分短縮は、手の届く範囲だろう。年齢的なことや自分自身のキャパシティの問題からみて、このあたりが妥当かもしれない。

若い時から長距離走るのはそれほど得意ではなく、学校の授業ではたいていビリケツの方だった。いまこうして長い距離走っているのが信じられないくらいである。大会に出るとまだ後ろに何十人もいることが多いけれど、走り慣れているだけで、自分も3年前は足がもつれていたのである。

 

フルマラソンは、秋のつくばから挑戦しようと考えていたが、その考えはかなり後退している。まずそう思ったのは、九十九里ハーフでゴール前の動画を見て、あまりに見苦しかったからである。

他人に見せるために走っている訳ではなく、足がおぼつかなかろうがよたよたしようが、本人がいいと思えばそれでいいともいえるが、あれで倍の距離は難しいと思ったのである。端的にいえば、完走できないかもしれないと心配になった。

タイムだけみれば、九十九里のゴール前はkm7分40秒だったから、将門ハーフのkm9分台からかなり改善している。なのに動画では、足が上がらずほとんど前に進んでいない。ハーフであの状態では、フルマラソン走ったらどうなるかさすがに二の足を踏む。

そして、いまだに続く三叉神経痛である。もともとランニングは健康維持が目的だから、体調を悪くしては元も子もない。気温の乱高下が大きく影響しているとしても、三叉神経に悪さをしているのが帯状疱疹ウィルスだとすると、オーバーワークは無関係とは言い切れない。

「定年ランニング」には、月200kmは目標ではなく危険ラインだと書いてある。先月はハーフの試走・本番で213km走った。その影響がこうして出ているとすると、フルマラソン走ったらどうなるか。痛いのはもう嫌だ。

そしてもうひとつは、参加費の1万円が、あきらめるには重いということである。申し込みから大会当日まで、短いものでも3ヵ月、ほとんどの大会はもっと前に申し込まなければならない。それまで体調がどうなるか分からないし、当日の気象条件はもっと分からない。

体調が悪くもう1週間以上走れていない。天気もよくなかったので予定通り走れたとは思えないが、ローテーション的にはそろそろハーフ以上を走る時期であった。来シーズンまで半年のシーズンオフがあり、いまからあせる必要もないだろうとは思っているが、ハーフを走ったので次はフルという野望はやや後退している。

[Mar 18, 2025]

久々にランニング、足がもつれる

三叉神経痛か片頭痛か不明だが、左顔面の痛みで2週間近く走れていない。こんなに感覚が開いたのは約30年ぶりのランニング再開以来初めてのことだ。どちらにせよ痛みがない時は運動しても構わないらしいので、久々にランニングしてみる。

走るのはもっとも短い5kmコース。大会前の調整や、シーズン初めで使うコースで、普段なら楽勝なのだが、今回は勝手が違った。息が切れて、足がもつれるのである。

5kmコースは旧本埜村と病院周回コースと2本用意していて、その両方でトラブルが発生した。息が切れるのでペースを落とそうとするのに上体が前に進んで、ペースが落とせない。結果、電柱で腕を支えて呼吸が落ち着くまでしばらく立ち止まらなければならなかった。

ペースが速すぎたかと思ってガーミンで確認するけれども、km6分50秒くらいで普段なら問題ないペースである。でも、そういうことがあって走り始めのスプリットを確認するようになって、km7分より速くならないようにした。

たかだか2週間くらいでこんなことになるんだ、と少し驚いたのだけれど。改めて三叉神経痛の処方薬ガルバマゼピンの注意書きをみると、「反射運動能力低下」や「運動失調」と書いてある。ペースを落とそうとして落とせないのはまさしく運動失調で、脳の指令が体に届かないということである。

 

なんということでしょう。これまで、ワクチンの副作用について心配したことはあっても、飲み薬の副作用を心配したことはなかった。薬に違いはなく、ガルバマゼピンは相当強い薬なので、当然心配しなければならなかった。まったく迂闊なことであった。

以来、ガルバマゼピンは使っていない。イブも3週間近く続けて使ってきたけれども、少しの痛みならば我慢するようにした。痛みを薬で抑えようとするのは、脳と体の連絡の一部を遮断することだから、そうした事態は想定しなければならなかった。

幸い、春分の日が過ぎて気温が上がってきて、耐え難い痛みはなくなってきている。これからは薬に頼るのはやめて、少しずつ日常の生活に戻していくつもりである。足がもつれるのは怖いので、当分5kmより距離を伸ばすのは難しそうだ。

[Mar 25, 2025]

三叉神経痛の特効薬カルバマゼピンの副作用には、運動失調が含まれる。痛みが耐え難い時はどうしようもないが、飲み続けると害があるのは確かなようだ。

佐倉マラソンを見学

3月は三叉神経痛でほとんど自宅療養生活になってしまった。月末近くなってようやく痛みが軽くなったので、リハビリがてら佐倉マラソンの応援(見学)に行ってみた。

佐倉マラソンは京成佐倉近くの岩名運動公園がスタート/ゴールとなるが、コースの3分の1ほどは印西市(旧・印旛村)である。岩名運動公園まで歩くのはしんどいが、旧印旛村役場からかつて印旛沼だったあたりまで下りると、22km地点あたりになる。

前日は一日雨だったが、午後には止んだので路面は乾いている。2~3日前より10℃ほど気温が下がって、走りやすくなった。見ている方はジャンパーが要るが、ランナーはランニングシャツで寒くないし、10℃高ければ熱中症の危険がある。ほとんど風もなく、いいコンディションである。

着いて少しすると3時間15分のペースメーカーが通り過ぎて、ちょうどランナーが多くなる頃だったようだ。はじめはまばらだったランナーが、だんだん集団となって通り過ぎるようになる。ペースーメーカーは黄色いベストで目立つ服装だったが、それだけでなく頭に風船を付けていた。なんだか大変そうだ。

 

しばらく自宅療養していたので、リハビリを兼ねて佐倉マラソンの応援(見学)に出かけた。22km付近で、練習で何回か走ったあたりである(矢印のあたりで応援)。


市道が印旛沼沿いの道(コース)に合流する場所で、交通整理の人や大会役員、何人かの応援の人に交じって見学する。自分が走る時「がんばれー」と言われるのが嫌なので、黙っているか時々拍手するくらいでおとなしく見ていた。何台かの車が入ってきたが、制止されてUターンして行った。

少し先から「奥がポカリです」とマイクで言っているので、23km給水所のすぐ近くだったようだ。ここは1.5車線あるのでコースの中で幅は広い方だが、それでも3~4人並ぶと肩が触れそうなほど狭い。車両通行止で何人か地元の歩行者が通ったが、狭いところを難儀しながらランナーとすれ違っていた。

着いた頃のランナーは半袖とランニングパンツが多かったが、徐々にタイツを履くランナーや仮装したランナーが現れるようになる。この前の「九十九里波乗りハーフマラソン」のランTを着ている人も何人かいた。佐倉マラソンはしばらく前からTシャツを記念品にしていないので、他の大会のように当該レースのランTを着て走る人はいない。

3時間15分のペースメーカーの後、30分、45分、4時間と続く。ペースメーカーの後ろが大集団で、その後まばらになって、また大勢来るというパターンが続く。4時間で走るランナーは足取りもしっかりしているし、このペースは自分には無理と思うが、4時間を過ぎると歩くランナーがぼちぼち出てくる。

5時間のペースメーカーがやってきた。続くランナーはずいぶん少なくなった。私が走ればこのあたりになるが、足取りはみなさん少し厳しそうだ。水戸黄門のようなコスプレのランナーが来て、襟に「古稀ランナー/生涯現役」と書いてある。70歳かすごいなと思ったけれど、自分ももうすぐ68だった。

5時間以上のペースメーカーを待ったが現れないようなので、5時間が最後かもしれない。役員や交通整理の人達の会話も、関門時刻のことになっている。ランナーもまばらになったので、引き上げることにした。

今回はじめて自分が走らない大会を見学したけれども、改めて感じたのは力を抜いて楽に走るのは大事ということである。いくらでも走れるくらいにリラックスして、力を入れずに走れたらいいなと思った。リハビリがてらの応援だったけれど、かなり参考になった。来シーズンもがんばろう。

[Mar 31, 2025]


他人が走っているのを見ることはほとんどないが、かなり参考になった。佐倉マラソンのペースメーカーは頭に風船を付けて走る。どこでもそうなのだろうか。大変そうである。

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