せいうち・・・セイウチ科セイウチ属の肉食獣で、北極圏に生息する。体重は成獣で500kgから1200kgに達する。最初は減量日記で始まりましたが、日々は移ろい、リタイア生活の徒然日記になりました。
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191 ガーミンで世界が広がった   192 ひと味違う年末   193 転機は予想しない時に来る
194 今年の結婚記念日   195 気温乱高下で三叉神経痛?  


ガーミンで世界が広がった ~せいうち日記191

暑すぎて走れない気候が続くと思っていたら、ひと月も経たないうちに寒くて外に出るのが億劫な季節となった。11月だから結露があるのは不思議でないが、急にこうなると面食らってしまう。

山も、紅葉と寒波とどっちが先かとなってしまうので、どこに行ったらいいのか戸惑う。蜂や蛇、ヒルを回避していたら、すぐ路面の凍結を心配しなければならない。ここ数年、秋はどこに行ってしまったのかといつも思っている。

夏山は遠慮することが多いが、近年は秋シーズンがない。雪が降る前に栃木あたりと思っていたところが、ぐずついた天気が続いてすぐに男体山初冠雪である。9月末に尾瀬に行った後は遠出できず、その分おカネは使わなかったが、もう筑波山系という時期になった。

使わなかった遠征費用で、前から欲しかったガーミンのランニングウォッチを買った。使ってみると、なかなかの優れものである。GPSのおかげで山歩きの楽しみが増えたけれど、同じようにランニングウォッチで走るたのしみが増えたと感じている。

 

ガーミンで世界が広がったように思うのだが、同時に、おカネの心配ばかりしていてはよくないと改めて思った。もし、若い時からおカネの心配を最優先していたら、カシノなんかとんでもないし、国内・海外にあれだけ行くこともなかった。世界がずっと狭くなっていただろう。

そして、コロナ騒ぎや香港の情勢をみると、あの時期しかできないことだったと感じる。仮にいま現在おカネに余裕があったとしても、昔のように気軽に海外に出かけることはできなかった。そもそも、テニアン・ダイナスティはすでに営業していない。

そんなことを思っているものだから、ネット環境の変更が必要になったのでこの際Windows 10対応をやってしまおうと決断した。実際新しいパソコンを入れてみると、移行も手間がかからなかったし、さくさく動いてストレスが少ない。ストレスを減らすのが、健康に暮らす一番の方法である。

海外カシノに頻繁に通っていた二十年前、いちいちおカネの心配はしていなかった。それこそパソコン数台分のおカネが出て行ったし、当時はボーナスがあったのでそれで払えばいいと思っていたけれど、いま思うとあの時が最後でその後にチャンスはなかったのである。

だから、WEBを見ていて、何よりおカネが大切という論調をみると違うのになと思う。おカネの使い方とは、選択肢Aと選択肢Bのどちらを選ぶかということで、使わないで残しておくのは、チャンスを逃す、世界を狭くすることのような気がしている。

そして、年金生活になって運用成績とか気にするのもストレスである。そういうブログも多々あるけれど、おカネと健康とどちらが優先順位が上なのだろうと思う。値動きなど気にせず、持ち株はそのまま、株主優待だけを楽しみにするようになって、ずいぶんストレスがなくなった。

話を戻すと、選択肢の中で世間一般で優先されるもの、例えば人付き合いとかSNSだとか外食費とかが、私の中で少ないおカネの使い道として上位に来ることはない。SNSなんて使わなくても何の不便もないし、常に不特定多数とつながっている必要もない。

そんなことよりも、奥さんと飲むお酒であるとか、たまに行く旅行などにおカネを使う。ない袖は振れないけれど、世界を広げるもの、今回のガーミンとか新しいパソコンは、何とか工面して調達しようと思う。ストレスが減るし、世界が広がる。世界が広がるのは、生きている間だけである。

現役時代には、ボーナスで足りなければ退職金と思ったが、年金生活者になるとそんな手段はない。月々節約して返済するか、いずれ出る保険金で返すしかない。それでも工面できる金額は1桁少ないので、それに合わせて使う額も自然に少なくなっている。

[Nov 25, 2024]

 

ガーミンのランニングウォッチ。データはすぐガーミンに転送され、パソコンを開くとその日走ったコースがGoogle Mapで確認できる。

ひと味違う年末 ~せいうち日記192

13日の金曜日に今年最後の年金が出て、年賀状の手配や地震保険の払い込みを済ませるともう年の暮れが近い。冬至も過ぎて夜は短かくなるが、寒さはこれからが本番である。

今年の年末は、ここ数年とひと味違っていた。いつもの年だと、年末年始の資金繰りとか、どこの山に行こうとか、お宮参りはいつにしようとか、どちらかというと平和なペンディングが多かった。ストレスも少なく、アーリーリタイアしてよかったと感じることが多かった。

ところが今年は、11~12月にいろいろなことが集中して、すべて大きなおカネが出ていくことだった。そして、どれも降って湧いたような災難ばかりだった。

想定しなかったのは自分にも責任がないとはいえないが、どちらかというと自分以外の要因が大きい。確率の問題とはいえ、みんなまとめて登場されると勘弁してくれと思う。

事件は千葉ニュータウンのCATV、らーばんねっとの終了から始まった。従来のCATVはそのまま使えるという話だったのに、コンピュータ関連も含めてサービス終了という通知がきた。ご近所でもジェイコムの対応に憤慨の声が上がっているが、来年3月で終了するのに、いまだにきちんと後継サービスの案内すらしない。

私の場合、放送も回線もコンピュータ関連もすべてCATVでお願いしていて、説明を待っている時間はなかった。早々にNTTに連絡してフレッツ光を復活し、あわせてDELLのパソコンを手配してWindows 11対応も済ませた。

ご近所では、回線・コンピュータ関連をCATVに任せているのは少数派で、どちらかというと回線はNTTフレッツという家が多い。だからジェイコムも放送の引継ぎだけに頭が行っており、回線とコンピュータの後継サービスを案内しようと思っていない。これは私よりもジェイコムの責任が大きい。

数十万の千葉ニュータウンCATVユーザの契約更新・機器入替えをするのに、ジェイコムの社員がどれだけいるか分からないが、おそらく人数は足りていない。しわ寄せが来るのは利用者で、フリーダイヤルもこれから3月にかけてますます掛かりにくくなると思われる。早めの対応は、おそらく正解である。

 

CATVに続いて起こった事件は車の故障である。筑波山に行った帰りに、路上で突然動かなくなった。原因はハイブリッドの電気系統故障で、電気で動かなければガソリンで動けばいいのに、コンピュータが全部止めてしまうらしい。

この故障で、とりあえず修理費用がかかったことに加え、買い替えを急がざるを得なくなった。すでに13年12万km走っているとはいえ、まだまだ使うつもりで大切に使っていた。3ヵ月前の車検でも、部品交換したばかりである。

車のことで夜眠れないほど考えているうちに、冷蔵庫も20年以上使っていることに思い至った。まだ十分使えると思っていたが、しばらく前から異音がしている。車と同じように先延ばしにしているうちに、突然動かなくなるくらいならまだしも、水漏れしたり発火したら大変である。

いずれにしても、次の夏までには考えようと思っていたけれど、思い立ったが吉日でもあるし、車の二の舞は避けたい。車が修理工場にいる間にケーズデンキに行き、早々に手配した。手頃な製品を安くしてもらえて、納入日も1週間後とスムーズだった。ものごとが円滑に進むのは、そういうタイミングだったということである。


道路公団の関連会社が運営していた千葉ニュータウンのCATVがサービス終了となった。仕方なく光フレッツに移行、あわせてWindows 11対応でパソコンを買い換えた。



もともと年末から4月まで、1年でもっとも資金繰りの厳しい期間である。今年は昨日書いたようにいろいろの物入りで年末資金を削らざるを得なかったし、それでも足らず手持ち証券を泣く泣く換金しなければならなかった。

まあ、この世からいなくなってしまえばおカネの心配もしなくて済む訳だし、車が動かなくなってシングルナンバー国道の中央車線で立ち往生というのは、久々に死亡リスクがひと桁上がったケースで、手持ち証券がいくら残っているかなど些細な事柄には違いない。

ともあれ、千葉ニュータウンにおいて車がないと生活できないレベルで、CATV以上になしで済ますことはできない。であれば、早々に買い替える必要があり、これも早急に片付けなければならなかった。

車の買換えはリタイア以来初めて。現金で買えれば問題ないのだが、残念ながら手元資金はそんなにない。買い替えを想定して貯めておけばよかったのに、もうしばらく乗り続けようと思っていたし、乗り続けられると思っていたためである。

結果、大部分をクレジットせざるを得ず、審査が通るかどうか冷や冷やする羽目になった。リタイア以来、リボルビングや分割払いは別として、本格的に借金するのは今回が初めてである。前回は住宅ローンの借り換えで十年以上前だし、もう借金はしないだろうと思っていた。

とはいえ、百数十万円リボルビングで工面するとなると、利息だけで年間20~30万円になり、現実として難しい。利率が4分の1以下になるディーラーあっせんのクレジットを使わざるを得ない。返せない金額ではないが、審査では働いているかどうかも当然査定されるだろう。その点が心配であった。

とはいえ、車を買う人の相当部分は年寄りであり、年金収入でクレジットができなければ売上に響きかねない。使途自由のローンと違って、ある程度融通が利くのではないかと思い申し込んだら、無事審査が通って買えることになった。これで、立て続けに発生した大型案件は何とか終息に向かったのである。

振り返ると、パソコンは12年ぶり、冷蔵庫は20数年ぶり、車は13年ぶりの買換えである。プロバイダをCATVにしたのは2001年だから24年前だし、糖尿病で医者に通っていたのも20年以上である。今年後半で、そうした長期継続案件がすべて見直しとなったのだから、忙しくなったのも当然である。

いまから10~20年後ということになると、生きていられるかどうかは半々である。それを考えると、なんだか妙な気分になる。自分では40代50代の頃とたいして違わないように思うし、体重体調からみるとその頃よりむしろよくなっているのだけれど、時間は逆には流れないのであった。

[Dec 24, 2024]

パソコンは12年ぶり、冷蔵庫は20年ぶり、車は13年ぶりの買換えだった。年齢を考えると、これが最後の買換えになるのかもしれない。


転機は予想しない時に来る ~せいうち日記193

明けて2025年になった。4月に誕生日が来ると、68歳になる。

昨年暮れは、パソコン・冷蔵庫・車と続けざまに買い換えなければならずストレスの多い日々を送った。なんで押し詰まってからこんな目に遭うのだろうと思っていたが、よく考えるとその兆候は夏からあった。

20年来通っている内科医から、SGLT2阻害薬を処方されたのは8月初めだった。2~3日飲んだだけで体調が急変し、その後1ヵ月で体重が4kg落ちた。おかしいと思って調べると私には必要ない薬で、そのため人間ドックを受けたり別のクリニックに行くことになった。これで約3万円の支出。

(SGLT2阻害薬で体調を崩した人はかなり多いらしい。みんな年寄り。奥さんが耳にした範囲でも何件かあるくらい)

ランニングから帰って2階洗面所で頭を洗っていて、水漏れに気づいたのは9月だった。シャワーホースの劣化が原因で、部品交換が必要だった。ほぼ同時に湯沸し器の「888」表示が出て、点検しなければならなかった。合わせて約3万円の支出。

天気に恵まれないので山に遠征できず、ガーミンウォッチを買ったのが10月。これは優れ物で、毎日のトレーニングで重宝するし本番レースのペース配分にも役立つので災難ではないけれども、これも約3万円の支出。

3ヵ月続けて3万円の臨時支出があった時点で、これは妙だと気づかなければならなかった。厄払いしておけば多少違ったかもしれない。

 

11月の山行帰りに突然起こった車の故障がメインイベントだった。これを境にいろいろ物要りとなり急にストレスが増えた。

調べること考えることも多くなり、よく眠れなくなった。リタイア以来、ストレスに悩まされることはほとんどなかったのに、昨年末は次から次へいろんなことが起こる。そのたびにおカネが出ていく。

なぜこんな目に遭うのかと思う一方で、想定しなかったのは自分の考えが至らなかったとも思った。そして、これが数年前に起こっていたらもっと厳しい状況に陥ったかもしれず、不幸中の幸いというか、まだ最悪の事態ではないとも感じた。

それにしても、一年前にはこういう事態になるとは夢にも思わなかった。コロナで遠出が難しくなり、ウクライナ後の諸物価高騰がさらに進むことは予想できたが、他は淡々と日々が進むと思っていた。一寸先は闇と昔から言うけれど、まさにその通りである。

予定とか予想とか見通しなんてそんな程度のもので、人生の大きな曲がり角、転機というものは予想しない時にやって来る。下手の考え休むに似たり、である。

 

考えてみると、昨年8月にSGLT2阻害薬を処方されたのがケチのつき始めだったようだ。年末のパソコン・冷蔵庫・車買い替えに至る出来事の発端になった。


考えてみれば、父親が倒れたのはいまの年齢で、自分もそうなる可能性は少なくない。数十年前まだ元気な頃、「そろそろ老後の事も考えないと」みたいな話題になった時、鼻で笑うというか、いかにも真剣に考えていない様子であったことを思い出す。まだ六十代だから無理もないが。

「ころっと死ぬから大丈夫だ」とも言っていた。現実にはころっと死ねなかった。病気そのものは本人の責任ばかりではないし、どんなに健康に気を使っても避けられないことはあるが、最善の努力や最悪の場合を想定した準備はしていなかったようである。

奥さんの両親も、この年齢には病院の付き添いをしなければならなかった。だから奥さんと、「健康で心配かけないだけ、子供孝行だよね」とよく言っている。

子供達には折に触れて、もし親が(われわれである)倒れた場合どうするか話している。延命措置不要、手術も基本的にしない、臓器提供しない、二人同時に死んだら、遺産(あまりないが)は均等に分ける等々。墓はあるのでそこに入れればいい。もちろん家族葬である。

 

少し前まで70歳といえば立派な年寄りで、自分で自分のことができなくなる年齢と思っていたし、世の中もそういう風潮だった。政治家とか経営者とか80代になっても現役第一線という人もいない訳ではなかったが例外で、そういう人達が目立つだけで同年代の多くはそうではなかった。

ところがその年齢に近づいてくると、70歳だから衰えるなんてことはなくて、大げさに言えば20歳30歳の頃とそんなに違うとは思えない。マラソンにしても30代のベスト記録を60代で更新したし、日々の過ごし方で相当変わってくるようにも思われる。石破首相は銀行の一年上だし、野田佳彦は同学年である。

とはいえ、どこまでいっても確率の問題で絶対はない。昔勉強したポーカーを例にとると、勝率60%なり75%まで持ってくるのは戦略だが、だからといって絶対勝てる訳ではない。AAvs23だって負ける時は負けるし、出てはいけない52枚中1枚が出るのをしばしば目の前で見た。

統計的に言えば健康で過ごせるのはあと10年だし、この世にいられるのも15年とかそんなものである。そこまでの経過が、徐々に衰えていくのではなく、実は「だまになって」全部まとめて一時期にやってくるのではないか、というのが昨年末以来のごたごたで思ったことである。

足腰が衰えて、目が弱くなり耳が遠くなり、検査数値が少しずつ悪くなって、ついには認知機能に支障が生じるというように段階的であればそれなりに準備できるが、冬シーズンにマラソンを走っていたら定期健診で異常が出て、夏までにボケてしまうというのが現実に近いのではなかろうか。

だとすればどうすればダメージを最小にとどめられるか。昨日と同じように今日が来て、今日と同じように明日があるなんて、思わない方がよさそうなのは確かである。転機は予想しない時に来る。ならば、常に予測して準備するのが最適な戦略になりそうである。

[Jan 21, 2025]


昨年末、いろいろなトラブルが重なってやってきた。転機は予想しない時にやって来る。心身の衰えも徐々に進むとはかぎらず、全部一気に来るかもしれない。


今年の結婚記念日 ~せいうち日記194

2月12日は41回目の結婚記念日。建国記念日と近いのは、当時関西で働いていたので、自分も招待客も東京まで移動しなければならず、建国記念日の祭日を移動に当てたからである。いまの時代ならそんなにしてまで式を挙げることはないと思うが、当時まだそういう雰囲気でなかった。

なにしろその頃は、駅前の一等地に結婚式場が何棟か建てられているし、都内にも有名式場がいくつもあって、どれも予約殺到で式場を押さえるだけで大変だった(たたかうお嫁さまの世界)。それこそ仏滅でも選ばない限り、期近の日など取れなかったのである。

いまなら、結婚式は身内で小規模に式だけ挙げて、何回かに分けて披露パーティをすれば費用も抑えられるしスケジュールも融通が利くけれど、いまから思ってもどうしようもない。41年の時の流れを感じるだけである。

 

そして、結婚式当日は晴れたのだけれど、夕方から雪が降った。翌日は結構な積雪量になり、成田空港への移動中に高速道路の路肩に積もっていたのを覚えている。以来、結婚記念日というと雪というイメージで長いこと過ごしてきた。

ところが最近の暖冬で、千葉ニューに雪が降るのは何年かに一度となった。近年では2014年と2018年、その後はせいぜい1~2cmで、積雪か雪解けか分からないくらいである。越してきた2000年当時は何度か大雪があって、ホームセンターに雪かきを買いに行っても品切れだったくらいである。

今年も最強寒波でどうなることかと心配したが、関東地方、特に千葉ニュー周辺では寒さもさほどのことはなく、強風で外に出られなかったくらいの影響だった。雪かきもいらず、新車の運転にも問題なかったので、ほっとしている。

12日は奥さんとつくば方面へ。アウトレットに寄ってから、YouTubeで噂のもつ屋に行き、このところ贔屓の石岡のパン屋さんに出かけた。「41年経っても仲良くできるのは私のおかげだ」と奥さんは言うのだが、まあそうなんだろう。ともかく、夫婦揃って健康なのは何よりである。

アウトレットでは、高島屋で期限切れ間近のフォーションのジャムを買う。これで半年はもつ。半年の間に賞味期限はオーバーするが、ジャムなのでそう簡単には悪くならない。阿見からひたち野うしくを経由してつくばへ。少し前にフィットが故障した交差点も通る。「ここで動けなくなったんだ」と説明するが、自慢にもならない。

国土地理院にナビを合わせたら、筑波大学の構内に案内される。ここはつくばマラソンのコースである。いずれここを走る日が来るかもしれない。少し主要道から離れるだけで、学園都市から田舎道になるのが印象的だった。

私が辛もつ定食、奥さんが塩唐揚げ定食のお昼をとって、パン屋さんへ。ところが早く着きすぎて、まだカンパーニュ系が焼けていない。近くを回って時間調整。山帰りだとゆりの郷なのだが、さすがに湯ざめしそうなので走るだけ。朝は寒かったのに、車から外に出るごとに暖かくなったのが分かった。この日は、夜にかけて気温が下がらなかったのである。

いくつも買い込んだパンとワインで、結婚41周年のお祝い。わが家は夕食が4時なので、5時前にはすっかり出来上がってしまい、お風呂に入って6時半には撃沈。奥さんも8時にはお布団だったそうで、トイレに起きるとまだ9時前なのに真っ暗だった。

[Feb 14, 2025]


千葉ニューも近年は雪が降らなくなった。先週の最強寒波でも窓枠が凍ることもなく、無事に過ぎたのはありがたいことだった。写真は2018年の結婚記念日。

 

気温乱高下で三叉神経痛? ~せいうち日記195

先週一杯、体調をおかしくしていた。おそらく三叉神経痛なのだが、顔左半分が痛んでどうしようもなかったのである。

二月最終週の九十九里マラソンの日は、風が強くて寒くてつらいコンディションだった。翌週は一気に四月並みの暖かさに上昇、筑波山に歩きに出かけた。3月2日の東京マラソンは、トップを走っていた若手選手が体調不良となるような暑さだった。

その翌日から、急に気温が15℃くらい下がって真冬に逆戻りした。この日から体調がおかしくなり、血圧が30~40上がった。3年前に帯状疱疹になって以来、こういう気候だと三叉神経痛のような痛みが走る。年寄りだから仕方ないとはいえ、つらいものである。

週初めからイブを飲み続けたが、いっこうによくならない。一時眠くなってうとうとするけれど(昼夜問わず)、薬が切れるとこめかみから耳の奥、口の中、歯が痛む。錐をねじ込まれるような痛みである。

痛いのはどうしようもないので、病院に行くことにした。昨年秋に人間ドックと腎クリニックで診察して以来である。糖尿病になって以来、半年医者に行かなかったのは初めてである。

 

脳神経外科・内科のあるクリニックを探し朝一番で行ってみる。奥さんが「あまり期待しない方がいいよ」という。YouTubeには、痛みに関してはろくな医者がいないという動画があふれているそうだ。まあ、とりあえず行ってみないと何ともいえない。

クリニックに着いて1時間半待ち、まずMRI検査。検尿や血液検査を予想していたので、少々戸惑う。いまや、MRIが昔のX線並みにデフォルトになっているのだろうか。普通に考えれば、頭痛で病院に来ているのだからMRIで脳を調べるのは当然といえば当然だが。

MRIは2012年に脳ドックで調べて以来13年ぶりである。費用が心配となるが、院内の掲示に「MRI検査は一部自己負担があります」と書いてある。一部ということは、他の部分は保険範囲内なのだろう。1万円しか持ってきていないが大丈夫だろうか。

それからさらに1時間待ってようやく診察である。「MRIには異常がありません。萎縮もしていないし、血管にも問題ありません。梗塞もないです。片頭痛だと思いますよ」と初老の院長。

気候の変わり目には片頭痛の痛みが多いという。ディスプレイに片頭痛の説明を出して、お風呂に入るとよくないとか、チョコレートが原因となるとか、かんきつ類はよくないとか、知らずにやっていたよくないことを次々と指摘される。

もともと片頭痛持ちではないこと、帯状疱疹以来、三叉神経が痛むことを言うけれども、「まあ、帯状疱疹は三叉神経に入ることもありますが」と.たいして意に介さない。痛いのは他人には分からないからな、と少々あきらめの気分である。会計と薬局が終わるとすでに午後1時近い。半ば予想していたが、半日かかってしまった。

処方されたのはエレトリプタンという片頭痛薬で、すぐに飲む。10錠で850円という値段からみてあまり強い薬ではなさそうだ。効けばいいけれど、と飲んでみたがイブ以上に効かない。その場合は2時間空けてもう1錠という指示だが、それでも効かない。これで午後が終わった。

奥さんも「片頭痛じゃないよ」と言う始末である。MRIと初診8,000円は何だったんだという感じである。まあ、8,000円で脳ドックを受けたと思うことにしよう。68歳目前にして、脳にも脳の血管にも異常がないと分かったのは意味のあることではあった。

しかし、痛いのは自分で解決しなければならない。脳ドックには意味があったとしても、当面の問題は何も解決していない。

 

あまりに三叉神経が痛むので、病院を選んで行ってみた。半日つぶれたが、脳ドックを受けただけになってしまった。


正攻法でうまくいかないことは確認できた。ならばどうするか。病院に行ってよく効く薬を処方してもらい、飲んでおとなしく寝ているというプランAは採用できない。

ここ数日で最も痛みが軽減したのは、皮膚科で処方された帯状疱疹薬であるアメナリーフ。帯状疱疹ウィルスが暴れだすのを抑制する働きがある。まだ余分があるのでこれを飲む。1日1錠しか飲めないが、数時間は確実に痛みが遠のく。

(処方された薬は飲み切るのが原則だが、アメナリーフはたいへんお高い薬なので、念のため取ってあったのである。)

1日に1錠しか飲めないので、残りの時間は痛み止めで耐えるしかない。アセトアミノフェンは全く効かないし、帯状疱疹ウィルスにロキソニンは禁忌なので、引き続きイブである。痛みのピークになると効かないが、鈍痛程度に緩和されるときもある。

 

アメナリーフが効いたようで、痛みはいちばんひどい時よりましになった。三叉神経痛が帯状疱疹ウィルスのせいだとすると、結局のところおとなしくして自然治癒を待つしかない。帯状疱疹ウィルスは体からなくなることがないので、抗ウィルス剤も根本的な解決にはならない。

クリニックの先生は助けにならなかったが、話の中でなるほどと思ったのは安静にすること、寝てしまうことが一番いいということであった(痛くて眠れずに病院に来ているのだが)。

考えてみればマラソン大会で、寒いのにずっと外で走ってきた。寒くて嫌だなと思いつつ、大会前なので体に鞭打ってトレーニングし、先月は200kmを超えた。オーバーワークだったのかもしれない。

痛み止めが切れるとどうしようもないので、イブを4時間置きに飲んだ。普段はそんなことはしないが、胃を保護するセルベックスも一緒に飲む。そして、睡眠剤としてレスタミンコーワも飲む。この際だから、手あたり次第である。

(レスタミンコーワは抗アレルギーの市販薬だが、成分がドリエルと同じジフェンヒドラミン塩酸塩。値段は3分の1で1回約40円。)

奥さんによると、この後いびきをかいて熟睡していたというから、薬が効いたのかここ数日の寝不足のためなのか、久しぶりにぐっすり眠ったようである。午後7時には床について、切れ切れではあるが午前5時まで寝ていた。

翌朝もこめかみから歯にかけてまだ痛かったが、ピークに比べるとずいぶん軽くなった。ウィルスが再び動き出さないように、もう数日ランニングも控えるつもりである。昔と変わらないつもりでも、あと1ヶ月で68歳。どうみたって年寄りであることは間違いない。>

[Mar 11, 2025]


気温が乱高下するせいか、三叉神経が痛む。左のこめかみが中心で、目頭と奥歯が痛む。帯状疱疹のときの痛みによく似ている。

三叉神経の痛みは、まだ続いている。2週間近くランニングにも行けないし、ジムも自重した。

先週は、1日のほとんどを自室で横になって過ごした。痛みが軽ければパソコンを打ったり本を読んだりできるが、波のように寄せたり返したりする痛みがひどくなるとただ頭を抱えて耐え忍ぶしかない。「勘弁してくれ」と言いながら。

前回記事に書いたように、先々週の8日土曜日、脳神経外科・内科を診療科目に掲げるクリニックに行ったのだけれど、半日潰れて片頭痛と言われ効かない薬を出された。もう二度と行かない。人間の体は、病気になれば直すように働くことになっている。直せない時はお亡くなりになるだけである。

酒を飲むとその場は痛みが軽くなるが、何時間か経つと激痛になる。イブを飲んでも治ることはないが、激痛が鈍痛になる程度の改善はみられる。だから4時間置きにイブを飲み続けている。それと、皮膚科で帯状疱疹の際に処方された鎮痛薬である。

2週間でイブを3箱使ったから、ずいぶんと消費したことになる。こんなに飲んで大丈夫かと思わないでもないが、痛いのはどうしようもない。胃が荒れるかもしれないが、それは後になって心配すればいい。

これまで68年間生きてきて、痛みに耐えがたいという経験は幸いにあまり多くはなかった。30代で胆石の手術をした時は救急車のお世話になったが、あとは頭痛薬でおさまる程度であった。帯状疱疹も薬が効くまで4~5日で、今回のように2週間も続くのは、胆石以来である。

痛いのも、激痛から鈍痛まで程度の差があって、鈍痛であればパソコンも打てるし本も読める。無理すれば走ったりジムにも行けると思ったけれど、やめておいた。まるで家で入院しているようなもので、1日のほとんどを横になっている。

それでも腹が減るので朝昼晩食べるのだが、その割に体重が増えない。もちろんランニングもジムもしないので減ることはないのだが、食べて寝ているだけなのに80kgにリバウンドしない。

そして、昼間もイブの副作用で眠くなるのに、夜はレスタミンコーワを飲むとぐっすり眠れる。吾妻ひでおの「アル中病棟」を思い出した。昼間活動していなくても夜になると眠れるのだ。

そんな感じで約2週間打たれ越している。気のせいか、激痛レベル10だったのがレベル5くらいになったような気がするし、こめかみに錐を差し込まれたような痛みも2日に1度程度になった。朝晩の冷え込みがそこまででなくなったのもあるのだろう。

村上春樹の短編に、ある程度の歳になったら生きることだけでなく死ぬことも考えなくてはならないとある(タイランド)。こういう状態に無理やり置かれると、何がしたいとかではなく、痛いのはとにかく嫌だと思う。痛みや苦しみを遠ざけるようにいかに毎日を過ごすか、考える時期に来ているのかもしれない。


切りがなくなりそうなので今回で一応中締めとするけれど、三叉神経痛は一向に治らない。もう3週間になるから、ずいぶん長いことになる。

発端は3月初めの気温急降下だった。以来、左の顔面がつらくて仕方がない。痛みの種類が帯状疱疹の時とよく似ているのでおそらく三叉神経痛だと思うのだが、そうではないという疑いも出てきている。

というのは、三叉神経痛の第一処方薬で、かつ、三叉神経痛とその他の痛みを区別するためにも使われるカルバマゼピンを入手して飲んでいるのだけれど、ほとんど痛みが引かないからである。仕方がないので引き続きイブを飲み続けている。イブを使うと激痛が鈍痛になり、かつ眠くなるのでかなり楽になる。ただし、副作用として胃腸の調子が悪くなる。

 

幸いなことに、最初の数日襲われた激痛というのはこの頃なくなって、こめかみに刺されるような痛みが来るくらいにとどまっている。当初の痛みを10とすれば3か4程度で、それがイブで1か2になるから耐え難いと言うほどではない。

またクリニックに行っても同じことだし、脳や脳の血管に異常がないことはMRIを撮って分かったのでもう行かない。とはいえ、片頭痛の対処法はネットで調べた。

痛む場所を冷やすといいというし、クリニックでも風呂に入るなと言われたが、アイスノンはかえってずきずきするし、風呂は湯舟につかり過ぎなければ痛みが引く。現状、3分で上がっていたところを5分に伸ばしている。湯上りに冷えると痛みが増すので、やっぱり片頭痛ではないみたいだ。

いまの心配は、カルバマゼピンがまがい物でちゃんとした成分が含まれていないのではないかということだが、日本で使われている医薬品のかなりの部分は輸入品であり、いちいち分析などしていないから、心配しても仕方がない。だとすると1回200mgでは足りないということだが、投与し過ぎると効かなくなるので、そこは痛し痒しである。

結局のところ、イブが効くのならイブで対応するしかないようで、再び最初の激痛が来ないよう祈るしかない。そして、片頭痛も三叉神経痛も、トリガーになるような食べ物や行為を避けるのが大切らしい。

今回の痛みの原因がどちらであれ、トリガーになっているのがランニングのし過ぎである可能性はかなり高く、とりあえずの対策としてはトレーニングの量を減らし、密度も濃くしないというのが適切なようだ。折りしもシーズンオフであり、量・質は落とせる時期である。体調を最優先に取り組みたい。もともと健康維持が目的なのだ。

[Mar 24, 2025]

 

脳神経外科クリニックが何の役にも立たなかったので、リスクを承知で特効薬を入手せざるを得なかった。取説はトルコ語で読めないが有効成分(Etkin madde)カルバマゼピンと書いてある。

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