せいうち・・・セイウチ科セイウチ属の肉食獣で、北極圏に生息する。体重は成獣で500kgから1200kgに達する。最初は減量日記で始まりましたが、日々は移ろい、リタイア生活の徒然日記になりました。
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181 山歩き後のお風呂はたまらない   182 結婚40周年   183 今年の冬は結露が少なかった
184 67歳になった   185 丸坊主一年   186 山は雨、急きょマラソンの下見
187 67歳まで生き残れた2つの幸運   188 省エネプログラム・糖質制限+塩分制限
189 9年ぶりに人間ドック   190 医者は投資顧問と同じレベル

山歩き後のお風呂はたまらない ~せいうち日記181

秋から筑波山ばかり行っている。奥多摩も丹沢も秩父も熊が出るというし、房総は車が混む。県境を過ぎるとほとんど渋滞がない筑波山方面にどうしても足が向く。

奥多摩だと家を5時に出ても登山口には8時半だが、筑波山だと7時には登り始めることができる。この差は大きい。50代なら往復7時間の移動でも大丈夫だが、60代後半では無理。行くなら泊りがけになってしまう。

さらにうれしいのは、昼過ぎに下山できるから、日帰り温泉に寄って来る時間的余裕があることである。奥多摩・丹沢でもお風呂に入らないと汚れたままで嫌だが、電車時間の制約があるので、いつも温泉に寄れるとは限らない。

筑波山周辺にはいくつか日帰り入浴施設があって、下山口によって選ぶことができる。筑波山神社近くならつくば湯、つつじヶ丘からは八郷温泉ゆりの郷、加波山まで進めばあけの健康館、そして帰りがけに寄るならつくばウェルネスが便利である。

他にも、宝篋山の近くにつくば市民研修センターなどいろいろあるが、最近ごひいきなのは上にあげた4つである。いずれも浴槽や洗い場が広いし、湯上りに休憩場所もある。値段もそんなに高くない。

正確にはつくばウェルネスは清掃工場の余熱再利用施設だけれど、温泉とはいっても単純泉だからたいして変わらない。山歩きした後に体を流して湯舟に浸かると、まさに極楽である。

若い頃ゴルフをした後もクラブハウスのお風呂に入ったけれど、このようにリラックスすることはできなかった。入浴後に打ち上げがあるし、帰りも遠い。スポーツジムの後もお風呂に入るけれど、家に近すぎるので他の用事が気になる。

筑波山くらいの距離だと、近すぎず遠すぎず、また渋滞も心配しなくて済むので、ほどよくリラックスできる。その日の山歩きを反省したり、次どこに行こうか考えたりするのは楽しい。もっとも、考えようとしても気持ちよすぎてできないのだが。

ホームページにも全国各地の温泉記事を載せているように昔から温泉は好きだが、どちらかというと硫黄泉とか鉄泉とか変わったお風呂に興味があった。お湯に浸かること自体を楽しく思うようになったのは、最近である。

あとどのくらい足腰が動くのか分からないけれど、できればもうしばらくの間は山歩きしたり温泉に入ったりしたいものである。

[Jan 17, 2024]

山歩き後のお風呂はたまらない。夏に汗を流してさっぱりするのもいいし、冬に冷えた体を温めるのもまたたまらない。若い頃はあまり感じなかったが、歳をとるごとに体が求めるのが分かるようになった。


結婚40周年 ~せいうち日記182

建国記念日は私の子供の頃にはなかった。だから学校も休みでなかった。

復活したのは1966年、東京オリンピックの後である。言うまでもなく、敗戦により廃止された紀元節を復活させたものであり、当時は天皇制打倒の立場から反対する人達が結構いた。

天皇制打倒などというスローガンを目にしなくなって久しいが、学生運動華やかなりし頃は、そういうビラが大学構内や街頭に数多く貼られていた。同じような人達が、中国・北朝鮮は労働者の楽園だと言っていた。今や昔である。

私が結婚したのは1984年なので、もう祝日に反対する人は多くなかった。しかし、当時の職場はまだ週休1日であったため、土曜日が祝日の11日を移動日にし、12日に式を挙げたのであった。職場が大阪で、式は東京だったのである。

それから40年経ち、今年は結婚40周年である。25周年の銀婚式と50周年の金婚式はみんな知っているが、40周年はほとんど知られていない。ルビー婚式だそうである。ルビコン河を渡るみたいだ。

就職については後からいろいろ考えるし、もっと他にやり様があったのではないかと思えるが、奥さんと知り合ったのは最初の職場である。同じ職場でなければ出会うこともなかっただろうから、これも縁なのだろう。

その後2度職場を替わり、住む場所も2度変わった。40年は長いけれども、過ぎてしまえばあっという間である。ともかくも、家族そろって健康で、さしあたり困ることもなく暮らしているのはありがたいことである。

昔、中国の誰かが言っていたことには、住む場所があって、今日明日食べるものがあって、家族そろって健康であれば、それ以上を求めるのは贅沢である。最初に読んだときは、それだけじゃないだろうと思ったが、さすが中国四千年の歴史で、そのとおりである。

若い頃は、未来はもっとすばらしくなると思っていたけれど、少なくとも株価は変わらない。誰もがうらやむ境遇なんてものはなくて、ストレスをできるだけ少なくするのが手に届く幸せである。差し迫って困ることがなければ、それ以上求めることはない。

結婚記念日にはここ数年、ワインを開ける習慣である。記念日にはプレゼント交換とかは商売をしたい人達がいうことで、お祝いするのは「モノ」よりも「経験」であり「イベント」が適している。

ボルドーは7~8年熟成させた方がおいしいので(たまに酸化させてしまうが)、新酒の時に買ってエノテカに保管してある。あと10年分くらい在庫があるので、金婚式まで大丈夫そうだ。

[Feb 12, 2024]

今年で結婚四十年になりました。結婚式の翌日も、三十周年も大雪でしたが、今年はそんなに降らなくてよかったです。


今年の冬は結露が少なかった ~せいうち日記183

冬になると気づまりなのは家じゅうが結露することである。わが家はセントラルヒーティングでないので、暖房がない夜中は冷える。特に雨戸(シャッター)のない2階は、朝になるとどの窓も結露がびっしりである。

ペアガラスになっているのだが、経年劣化のため結露はほとんど防止できない。古くなったタオルで窓枠、窓ガラスをひととおり拭くのが冬の日課であった。

3年前には最低気温が-7℃という尋常でない寒さになったが、今年は直近の観測点である我孫子の最低気温が-3.5℃、-3℃を下回った日も4日しかない。

おかげさまで、結露も少なかった。年によっては結露を通り越して凍ってしまい、サッシが開かなくなることがあるのだが、そんな日もなかった。山のように用意した古タオルも、それほど出番がなかったのはかえってうれしいことである。

先週は放射冷却で朝は冷え込む予報だったが、曇ったくらいで結露というほどではなかった。週末には初夏みたいな陽気になり、3日後には春分の日だから、そろそろ結露のシーズンも終了である。

こうして家のこまごまとした用事をするのは、リタイアしてからである。現役時には会社に行って帰ってくるだけで精一杯で、家のことまで気が回らなかった。築後二十年以上になるが、遅ればせながら手入れしてそれほど古びた家にはなっていないと思う。

外壁や内装で傷んでいるのは、新築から半年で襲ってきた雹(ひょう)による被害と、3.11大震災の影響である。雹では屋根がやられサッシも粉々に割れて保険のお世話になり、いまでもところどころへこんでいる。何しろ野球ボールくらいの巨大な雹で、その時の車は行平鍋のようになって廃車せざるを得なかったくらいである。

震災ではいろんなものが倒れて、石膏ボードがへこんだりクロスが破れたりした。しばらくして保険屋さんが来たけれども、10年経っているし少々の傷はいいですと特に請求しなかった。雹の時のように、そのままで住めない傷ではないからである。

毎朝の最低気温が比較的高かったため、電気・ガス代も安くすんだ。燃料価格が落ち着いてきたことで単価が低くなり、使用量が減ることで請求額が抑えられたのである。ウクライナ以前に比べると高いものの、地球温暖化は悪いことばかりではないと思ってしまう。

[Mar 18, 2024]

今シーズンは結露が少なく、毎朝の結露拭きが比較的楽だった。


67歳になった ~せいうち日記184

早いもので、誕生日が来て67歳になった。60代になったからなのかリタイアしたからなのか、最近時間が経つのがますます速くなった。

この冬も、マラソン大会に備えてトレーニングし、本番のレースを走っていたら半年が過ぎた。ランニングを再開して3年目、糖質制限はもうすぐ5年になる。

ジムでトレーニングして、お風呂で体や筋肉の具合をみる限り、若い頃とそれほど変わらないし、4、5年前より見栄えがよくなった。糖質制限で体重を絞ったおかげである。年齢を考えれば、がんばっていると言えそうである。

65歳を超えると死亡率は1%を超えて、統計的に言えば100人に1人以上お亡くなりになる。65歳から67歳までに当たり籤を引く確率は50分の1、トランプ1枚と同じである。ポーカーをやっていた当時、出てはいけない1枚は実にしばしば出た。

そう考えると、大きな病気もせず(糖尿病はさておき)、体を動かしていろいろ楽しめるのは、幸いなことである。日々の努力だけでなく、幸運に恵まれていることも確かである。感謝しなくてはならない。

さて、67歳ということは、70になるまであと3年ということである。引いてはいけないカードは100枚中3枚。2デッキで3枚だから、結構高い確率である。

70になってもいまの体調と運動能力、頭の働きを維持できているならば、高齢化に向けて最初のハードルはクリアしたといえるだろう。このあたりに住んでいる人はたいていその年代だが、かつての職場は十指に余る先輩方が70以前にお亡くなりになっていた。

高齢化といえば判で押したように老後の生活費という話になるが、おカネより間違いなく大切なのは心身の健康である。最小限の収入が前提だと言われるかもしれないが、最小限は人それぞれだし工夫することができる。

少なくとも、老後資金2千万円とか3千万円という話はわが家には無縁だし、無理だ。現役の頃のようにいろいろ旅行したりいいワインを買ったりすることは難しくなったが、他に楽しむ手段はいろいろある。

という訳で67歳になったが、やりたいことは年齢とは関係ない。暖かくなったら山にも出かけたいし、秋になったらまたマラソンである。年甲斐もなくというわからず屋がいたら「お前だってその歳になるんだ。馬鹿野郎」と言い返すだけである。

85歳でこういう人もいるんだから、67くらいで遠慮してはいられない。


4月8日は67歳の誕生日である。この歳になって誕生日がめでたい訳ではないが、今年は諸物価高騰と資金繰り難のため誕生日間際までいろいろ工面しなければならず、めでたいどころではなかった。

やむなく電気・ガス代を未払いのままにしていて、15日の年金支給日まで安心できない日が続く。なかなか誕生日気分になれないのも無理はない。

小さい頃はお釈迦様と同じ日と言われたものだが、中学・高校と進むにつれてそれほど珍しくもないことが分かり、大人になるとそんなに偉くなれないことも分かった。

ただ、お釈迦様は出家して悟りを開いた方なので、アーリーリタイアしてストレスの少ない生活を送っている点では共通点があるかもしれない。おそれ多いことだが。

日本にはお寺は多いけれど、ご本尊として釈迦如来や釈迦三尊を祀っている寺は少ない。というのは、いま仏教といわれているのはもともとお釈迦様の教えである原始仏教ではなく、大乗仏教でもなく、日本の風土に合わせたローカルな仏教になっているからである。

ローカルな中でも、聖徳太子とか鑑真の頃はまだお釈迦様の教えに近いものの、鎌倉仏教になるとまったく違うものになる。いま日本のお寺の大半で阿弥陀如来や薬師如来、大日如来、観音菩薩がご本尊なのは、鎌倉仏教だからである。釈迦如来本尊は古いお寺だけである。

さらに明治以降となると、仏教系と名乗っているだけでもはや宗教とはいえない。病気を治す、災厄を払うというのは昔からなのでまだ分かるが、信者同士で商売したり、上納金を納めさせるなどマルチ商法というと怒られるが。

半世紀前にはまだ農村社会の名残りが残っていて、ほとんどの家はどこかの寺の檀家だったから日本人の多くは仏教徒といえたかもしれないが、現代はそういうこともない。仏壇を置くのも先祖崇拝であって、仏教ではない。

いま、こうしてアーリーリタイアして入ってくるおカネで生活しているのは、仏教系新宗教よりお釈迦様に近い生活かもしれない。少なくとも、現世利益だけに執着してはいない。

お釈迦様の修行と共通点があるとすれば、何年か続けている糖質制限とランニングである。糖質制限ではお米やラーメンだけでも控えるようにしていて、それが健康維持にかなり役立っている。

ランニングも一昨年、三十年ぶりくらいに復活したのだけれど、この歳で気づくことも多い。先だってハーフマラソンに初挑戦して、予想以上にバテてしまった。遅ればせながら走る距離を伸ばしている。

先月は、はじめて月間200kmを超えた。ハーフマラソンを走るには1ヶ月でその6倍、126kmを走ればいいというのがセオリーで、月に150km走っているので大丈夫と思っていたら、私の場合それでは無理だったようだ。

だから月に200kmに増やしたのだが、すると10kmを超えて15~16kmくらいまでそのままのペースで走れるようになったのである。もちろん練習と本番は違うけれど、この歳でも練習を増やすと効果が感じられるというのは少し驚いた。

お釈迦様も晩年になって法華経(妙法蓮華経)に到達し、これが究極の教えとされるから、人間死ぬまで修行なのかもしれない。

[Apr 9, 2024]

4月8日はお釈迦様と同じと小さい頃言われたものだが、お釈迦様は出家して修行し悟りを開いた方なので、生き方としては共通点があるかもしれない。(写真:法隆寺HPより釈迦三尊像)

丸坊主1年 ~せいうち日記185

頭を丸坊主にしたのは去年のゴールデンウィークだったから、ちょうど1年経った。

ローテーションは2日置きに髭剃り、6日置きに頭剃りである。髭剃りは貝印カミソリ、頭剃りはジレットを使う。WEBで永平寺のお坊さんがジレットを使うと書いてあったからである。

替刃を替えるタイミングは、髭剃りが1ヶ月、頭剃りが2ヶ月である。切れ味が鈍くなってくるので、続けて使うとどうしても剃り心地がよくないし、ケガもしやすい。幸い、頭剃りで出血したことはない(見えないだけかもしれない)。

このローテーションだと、1ヶ月にかかる費用はシェービングフォームを入れても500円未満。1000円カットの半分以下である。1000円カットは昨今のインフレで1200~1300円になっているし、丸坊主でなくても髭剃りは要るから、さらに差が開く。

奥さんの言うことには、最近じいさま連中が1000円カットに押し寄せるようになって、いつも満員盛況だそうである。物価の値上がりほどには年金は上がらないから、どこかにしわ寄せが来る。理髪なんてどこでやってもそんなに変わらない。

そして、理髪店自体も経営が苦しくなって、昔のように個人営業の床屋さんをほとんど見ない。わが千葉ニューではすぐ横が農地で農家もかなり残っているのだが、パーマ屋さんはあっても床屋はない。

おそらく店主の高齢化で、跡を継ぐ人もおらず、次々と閉店していると想像される。まして、車で10分もかからない場所に、1000円カットが5~6店舗ある。昔は普通の床屋さんに行っていたであろう年金生活者も、なじみの店が閉店すれば慣れなくても新規を開拓しなければならない。

そして、頭を刈ること自体はほとんど同じである。髭は剃ってもらえないが、そもそも2、3日置きに自分で剃らなければならない。自動機に現金を入れて利用券を買わなければならないが、電車と同じですぐ慣れる。

そうして年寄りがどんどん1000円カットに来ることになるのだが、価格競争の行き着くところ、自分で刈った方がもっと安いということになる。スポーツジムでも丸坊主の人を何人か見るが、自分で剃っているのだろうか。どっちも同じという話ではあるが。

ブラウンの電動髭剃りも昔は使っていたけれど、剃り心地がどうしてもカミソリに劣るのと、肌荒れが気になってジレットにした。最近は毎回消毒してくれる機械も出ているようだが、費用対効果の点でどうなのだろうか。

剃り心地で劣る上に、購入価格もランニングコストも高いとなると、手軽で便利とはいえ使う側としては二の足を踏む。とはいえいまは刑務所でも、電動髭剃りにする人が多いとYouTubeでやっていた。

頭を丸坊主に刈るようになって1年経った。1年床屋に行かないようになるとは不思議である。最近は1000円カットに年金生活者が増えているらしいが、自分で剃ればもっと安く済む。


家のすぐ裏に水田が広がっていて、ゴールデンウィークには田植えが行われる。この時期マラソン練習は午前8時頃走ることになるが、田植え機や軽トラが道いっぱいである。

日本の人口はどんどん減っていてコメの需要も当然頭打ちであるが、わが家近くの水田は休耕田がほとんどない。谷間の奥まったところまで水が引かれている。印旛沼周辺は、江戸時代からのコメどころである。

いまの主力品種は日本中どこでもコシヒカリで、南魚沼産ほどではないが印旛のお米もおいしい。味に差がつかなければ、消費地に近い方が輸送コストの分有利である。房総では宮内庁ご用達の多古米が有名だが、印旛沼の方が水はおいしいはずである。

作業を指揮しているのは私より十は上であろうお年寄りで、やせて色黒なのが特徴である。若夫婦と孫が手伝っていて(孫は遊んでいるだけだが)、若夫婦はそろって色白でやせ型である。昔、農家のおばさんはたいてい太っていたが、いまやそういうことはない。

先だって、有識者による人口戦略会議とかの組織から発表があって、今後30年で全国自治体の半数近い747が消滅する可能性があるらしい。今後30年で私自身が消滅するのは9割方(99%か?)確実だからどうということはないが、報道のされ方が妙に意図的な印象がある。

というのは、自治体が成り立つかどうか税収と公共支出の観点からだけしか検討していないからである。再生産可能な女性人口だけに注目するのはその表れで、それを言い出したら日本そのものが消滅危険国家であろう。

いまのライフスタイルを続けるならば、日本全国平均して危険水域で、それをランキングして消滅危険とか維持可能とかいっても、椅子取りゲームの実況中継をしているだけである。

少子化をどうしても回避したいならイランのように男女差別するか、少なくとも男女平等に制限を加えるしかないが、先進国スタンダードのポリティカルコレクトネスからそれが許されない。ならば、移民自由化とか若い世代を増やす抜本的な対策を構想するしかない。

話は戻ってわが印西市、千葉県に2つしかない持続可能自治体の1つである(もう1つは流山市)。政令指定の千葉市、東京ベッドタウンの市川市、船橋市、浦安市をさし置いてのトップ2入りである。

確かに印西市近郊では企業の進出が相次いでいるし、それに伴って住宅建設も急ピッチで進んでいるが、一方で市街化調整区域においては小学校の廃校がまんべんなく進んでいる。持続可能の雰囲気があるのは、ニュータウン区域だけである。

そして、いまになってニュータウンに企業・住民が集まり出しているのは、計画が半世紀遅れたがゆえに、いまだ開発されていない空き地、しかも旧住宅公団が大規模に持っていた土地が大量にあったからである。

つまり構造的には千葉県内の他の市と同様で、むしろ消滅自治体に近い要素を多分に含んでいるといえるくらいである。税収が安定していれば住民税や介護保険料の急騰は避けられるが、それこそ椅子取りゲームで、どこかで税収が増えればどこかで減るのは間違いない。

もうすぐ消滅する高齢者がどうこう言っても始まらないとは思うが、いずれ死ぬことを心配するよりいま現在をどうやって暮らしやすくするか考えた方がいいのは、個人でも社会でも同じような気がする。

[May 7, 2024]

全国自治体の半分近くが、今後30年で消滅する可能性があるらしい。日本の人口そのものが減っているのだから当り前で、椅子取りゲームの途中経過を発表しても仕方がないと思う。


山は雨、急きょマラソンの下見 ~せいうち日記186

日光に泊りがけで行ってきた。前の週の予報では天気がもちそうだったので、日・月で別の山に行く予定を立てた。ところが日曜日の昼過ぎから雨。

月曜の朝早くから登山口の近く三本松園地で待機したものの、雨は止まないし霧で山は見えないしあきらめざるを得なかった。1日の予定が空いてしまった。

せっかく日光まで来ているのだから、9時オープンの道の駅に行って、金谷ベーカリーのパンとマーガリンを買おう。まだ7時前だから、移動時間を考慮しても1時間つぶさなくてはならない。道の駅日光よりも三本松園地の方が景色がいいので、ここで待機する。

道の駅より不便なのはトイレで水が使えないことだが、とりあえずそれは何とかなる。目の前にある男体山すら見えない霧の中を登山者らしき何組かが来たが、トイレ休憩して去っていった。雨の中だが、歩くのだろうか。

金谷ベーカリーと楡木のゆば・たまのやに寄って午前10時。次は守谷の藤井肉店に行く予定だったが、せっかくの機会だから坂東市に行ってみようと思った。

坂東市で開催される「将門ハーフマラソン」は、この秋の出場予定レースのひとつである。大会開催は11月10日、八街落花生マラソンと八千代ロードレースのちょうど中間で、ローテーション的にぴったりである。ただ、家からちょっと距離があるのがネックである。

カーナビに指示をあおぐと、国道新4号線から境町経由のルートを指示された。通ったことのない道である。まあ、土地勘を養うためには道を見ておくのが重要であろう。指示された道を進む。

新4号から坂東方面の案内にしたがい左折する。ほどなく、右手に堤防を見る道となる。ここは鬼怒川だろうか荒川だろうか、それとも利根川か。70近くなって初めて見る景色である。そのくらい土地勘がないのであった(茨城・千葉の県境だから利根川である)。

坂東市に入り、中心部近くの公園に駐車場があるので入ったら、偶然にもゴールとなる陸上競技場のある公園であった。おそらく当日は人でごった返すであろう競技場に、走っている人は一人だけだった。佐倉とも白井とも違って、こじんまりした競技場である。

低い金属柵があったので中に入るのは遠慮したが、タータントラックでなくアンツーカーのように見えた。スタンドも小さい。隣の大きな建物は公民館のようだ。当日は開放してもらえるのだろうか。

ティラノサウルスやプテラノドン、プラシオサウルスの巨像を見てひと周りした後、コースを車で走ってみる。公園からスタートして商店街を通り、大利根カントリーの塀に沿って走る。ここは往復とも使うようだ。一部を除いて歩道がない道なので、試走は難しいかもしれない。下総利根大橋が見えてくると右折して市街に戻る。

もともと河川敷なので基本は平坦だが、わずかにアップダウンがあるのはわが家近くと同じである。あと確認すべきは駐車場の位置と当日の待機場所だが、要項に載っていないのでプログラム待ちとなるようである。

こうしてコースを下見してしまうと、まだ5ヶ月先ではあるが気合が入る。この日は通算8時間のドライブで、前日は4万4千歩の登山だったのに、翌朝は4時起きして5km走ってしまった。

マラソン村のみなさんのブログを読んだりコースを下見したりすると、年甲斐もなく張り切ってしまう。もう67歳なのだから、無理は禁物である。

月曜日の朝は、ホテルのロビーから目の前の中禅寺湖が見えないほどの濃霧で雨降り。予定変更してマラソン大会の下見に向かうことにした。


今週の日・月は山歩きする予定で日光に宿をとったにもかかわらず、初日昼過ぎから雨になり翌日午前中も降り続いた。予定変更せざるを得ずその日はマラソン大会の下見に行くことにしたのだが、天気予報に裏切られるのは2年連続である。

当日朝の予報でも「夜になると雨のところがあるでしょう」だったのだが、登っている途中で早くも女峰山が見えなくなったので、これは昼過ぎには雨だと思っていた。丹勢山の頂上まではなんとか大丈夫だったが、下山途中に降り出した。

木立の中で身支度できたものの、林道には遮るものもなく、まして土砂降りである。当日の日光市の降水量は15時台で8mm程度だけれど、13時台から降っていたし少なくとも20~30mmのように思われた。

リタイアしてからは天気を選んで山に行っているのに、この始末である。そういえば、防寒以外の目的でレインウェアを着たのは2019年の四国お遍路以来。四国お遍路は毎年のように雨だったが、2019年は五色台の白峯寺・根香寺で土砂降りに遭った。

そもそもこの時期を選ぶのがよくないし、日光はただでさえ天気が読めない。とはいえ、夏になると虫が多くて悩まされるし、秋は早いうちから雪である。アプローチが長いのでどうしても日が長い時期を選びたくなるし、そうなるとこの時期になるのである。

降り出したのがキノミ平分岐の前あたりで、ほどなく路面がよくなったのは幸いだったが、傘の中に羽虫やらアブやら入ってくるのが鬱陶しかった。往路では山道を通って笹薮だったので復路では林道を歩いたが、これがまたえらい遠回りで苦労した。まあ、同じ高さを下りるのだから、どちらも大変だったという話ではある。

四国遍路は区切り打ちでも10日とか2週間という長期日程だから、途中で降られるのはある程度仕方がない。とはいえ「遍路転がし」と呼ばれる焼山寺や大宝寺、岩屋寺、横峯寺あたりはすべて雨。それも豪雨で、だいぶ苦労して厄払いすることになった。

それに比べると山歩きは1泊とか2泊で、予定のとりにくい現役時代はともかく、リタイアしてからは天気を選んで行くようにしている。それでも、2018年の上高地のように、3泊目の夜から大雨になることもある。

雨具とか非常食、ツェルトなどの緊急用品は使わないのが一番である。使う羽目に陥ったのは幸い雨具ぐらいのものだが、いざ使う段になっても持ってきてよかったとは思わない。なぜこんな日を選んでしまったんだと自らの不覚を恨むだけである。

そして、あればよかったと思うものは必要なときには絶対にない。エネルギーゼリーを持つようにしたのはカロリーメイトが食べられないくらいバテてしまったからだし、予備の水は必要な時に限ってないときている。

そういうことが一度でもあると、次から荷物の中に予備の水とかエネルギーゼリーを持つようになる。そうやって荷物が増えて、毎回の山歩きで結局使わなかった荷物は3~4kgあるような気がする。

つまり、背負ってきた荷物の半分近くは使わない荷物ということになるが、それをムダだとみるか必要な装備とみるかである。昔の山岳部員は必要な装備とみるから、下級生は30kgとか背負わされて登山が嫌いになったんだろうと思う。

いまは用具全般軽量化して、地図やコンパスはスマホで代用できるようになった。10kg程度背負って歩けなければ山に行くなという話だろうし、こうして時々必要になるのも仕方のないことなのかもしれない。

[Jun 15, 2024]

気象庁は関東南部の梅雨入りを発表した。例年より2週間遅いそうだが、それより梅雨入り前すでに夏だった方がインパクトが強い。


6月21日金曜日、気象庁は関東地方の梅雨入りを発表した。2、3日前から今週末に梅雨入りと天気予報で予想してたので心の準備はしていたが、発表したとたんいかにも梅雨と言う雨降りになった。

例年より2週間遅いということだが、2週前には日光で土砂降りに遭ってしまったので、体感的にはその時から梅雨である。以降、連日のように夏日で、梅雨の前に夏だと奥さんと話していたくらいである。

今朝はいつものように4時起きして、ランニングに行った。もう夏至なので4時だと明るいのだが、雲が厚いためか薄暗い。準備体操して、往復4kmのコースに出る。

普段のウィークデイは公園に行って400m周回遊歩道のローテーションなのだが、築山に蜂注意のトラロープが張ってある。わざわざ危ないところに行く必要はないし、築山と遊歩道は自分的にセットなので、片道2kmの往復コースにしたのである。

走り出しは涼しいと思ったけれど気のせいで、すぐに胸が押さえつけられるような気温と湿度であることが分かった。ランニングしている時の気温はすでに20℃を超えていたので、すがすがしい空気ではない。

このコースは途中で右折するが、信号横断がないので歩道を止まらずに走ることができる。難があるのはすぐ水たまりができてしまうことで、雨が降り出してからだったら厳しかったけれど、5時前にはまだ降っていなかった。

1往復して戻る頃にはすでに大汗。冬なら6往復24kmまで走るコースだが、この時期だと3往復が限界。朝ご飯に戻るためには2往復でやめておこう。

ガーミンを買う経済力がないのでカシオのスポーツウォッチで計測。距離はいちおうスマホで測っているのでそんなに違わないだろう。2kmで15分切るくらいだから、1km7分半かそのくらい。67のじいさまだから、このくらいで勘弁してもらおう。

朝早くにも走る人は結構いて、散歩する人はもっとたくさんいるが、今朝も若い女の子に抜かれた。抜かれた後もそんなに差は開かなかったから、うすのんびりした爺様の後ろを走りたくなかったんだろう。

家の前の小さな公園に戻って、クーリングダウン代わりの反復横跳び。走る時は股関節を前後にしか動かさないから、横に動かしてバランスをとるつもりである。併せて、高齢者向け体力テストをやられた時の準備にもなる。

家に帰ってシャワーを浴びて着替えると、ちょうどテレビ体操の時間。奥さんと二人で体操して、終わったら朝ご飯である。朝ご飯といいつつ、わが家はずっとパン食である。サラダとコーヒー、ヨーグルトも付く。

天気予報の時間になると、わが家で「雪女」と呼んでいる予報士の近藤さん(初登場の時、雪女みたいだったのである)がすでに傘を差していた。千葉ニューでも、9時前には雨が降り出した。早朝でなければ走るのは難しかっただろう。

この朝走った8kmで、6月に走った距離は100kmを超えた。

[Jun 22, 2024]

67歳まで生き残れた2つの幸運 ~せいうち日記187

「せいうち日記」をはてなの記事に上げるのは初めてである。まず、この連載について説明したい。

「せいうち日記」は2005年6月、当時のNIFTYココログで連載を始めた。以来約20年、ほぼ月一ペースで記事を載せて今日に至っている。せいうちというのは当時の体形から名付けたもので、名前のとおり減量日記が初期の主なトピックであった。

今回で187回目になる。100回前後がリタイアの時期で、以降年金生活に入り今月末で8年経つ。バックナンバーを見ると、たびたびカシノに行っていた時代、それどころでなく仕事が忙しくなった時代、リタイアが現実味を帯びてきた時代、リタイア後の平穏な時代など、それぞれ振り返ることができる。

2020年秋から糖質制限を始めて(139回)、劇的に減量することができた。ようやく走れるような体になって、2022年からランニングを再開した。いまではピーク時より30kg近く減量して、ユニクロのLサイズでも着られるくらいである。かつては入るサイズがなかったのに。

今月は健康診断について書く予定だったので、前置きついでに自分自身の健康について少し。

 

リタイアしてもうすぐ満8年。サラリーマン現役時は苦労ばかりで報われることの少ない職場だったが、幸運に恵まれてどうにか今日まで生きてこられた。その幸運の中でも2つ、サイコロの転がり具合でかなりの確率生きていられなかったかもしれないと思うことがある。

一つは1985年のJAL123便事故である。当時は銀行に勤めていて、大阪勤務だった。JAL123は夕方に羽田から伊丹に飛ぶ便で、東京に家があって大阪で働いていたり、逆に大阪に家があって東京勤務の人達がよく使う飛行機であった。実際、この事故で第一勧銀勤務の何人かが亡くなっている。

私もよくJAL123は使っていて、便名が分かりやすいのでよく覚えている。別に打ち合わせた訳でもないのに、同じ支店の何人かと乗り合わせたこともある。そして、この事故の日、たまたま私は大阪から戻ってきていた。ということは、数日違いで、帰りの便がJAL123であったかもしれないのである。

ちなみに、当時まだ関空はなく、LCCもないので成田発近畿圏行の便もなく、大阪に帰るには羽田・伊丹便のJALかANAかで選ぶしかなかった(東亜国内航空は基本的に地方路線だけ)。

つまり、確率的には何分の1まで行かないにしても、十数分の1くらいの確率ではあった。お盆の時期で満席に近かったし、取ろうとして取れたとは限らないけれど、いずれにしても無視できない確率で事故に遭ったかもしれない。

もちろん、車を運転していてもホテルに泊まっていても事故に遭う可能性がないとはいえないが、それほど高い確率ではない。宝くじとか交通事故は何千何万分の1だから運不運で片づけられるけれど、十数分の1ではなぜそんな危ないことをするという世界であろう。

当時は忙しく東京と大阪を行ったり来たりしていて、新幹線ではまどろっこしいので飛行機とみんなが思っていた。東京に家のある奴を大阪に配置したり、金曜夜まで仕事があって月曜朝には働かせるような職場が問題だといまなら思うのだが、当時はそれが当り前だと思っていた。

 

もう一つは、糖尿病が悪化したりアルコール依存症にならなかったことである。

就職した頃からやたらと酒を呑んだ。当時の職場は非常にストレスが大きく、午後9時10時までサービス残業してそれから呑みに行き、真夜中過ぎてタクシーで帰るなんていう生活をしていた。

幸か不幸か酒に強かったので、二日酔いでも翌日会社に行くことはできた。そんな人は結構たくさんいて、仕事中に酒を覚まして夜になったらまた呑みに行くのが当り前と思われていた。よくアルコール依存症にならなかったものである。

そんな生活を続けてきたので、40代で糖尿病になった。痛風、高血圧、高脂血症など生活習慣病もセットでやってきて、体重も110kgを超えるまでに増加した。当時はスーツがきつくなって大変だとしか思っていなかったが、いま思うと地獄との境い目のヤセ尾根を歩いていたようなものであった。

あのままの生活を続けていたら、糖尿病が悪化して眼底出血とか人工透析に進んでいた可能性は高い。それ以前に、アルコール依存症で震えが止まらなかったり幻視・幻聴が出ていたかもしれない。そうならなかったのは幸運に恵まれたからだし、おそらくJAL123に近い確率の危機にあっただろう。

事故に遭っていればその後の人生はなかったし、糖尿病が悪化したりアル中になったとしてもいまのように平穏な日々を送ることはできなかった。

そうならなかったのは、努力したとか意志が強かったからではなく、運がよかったからというのが最も大きいように思う。それもあって、幸運を期待するよりうまくいかなかったケースを想定するし、手持ちの運があるとすれば無駄遣いすべきでないと考える。

 

若い頃から酒浸りの生活で、40代で糖尿病になった。合併症になったりアルコール依存症にならなかったのは、ひとえに幸運だったからである。

 


もうすぐリタイアして満8年になる。現役時は強制的に人間ドックを受けさせられてきたが、リタイアしたらそんなものはない。健康管理は自分で考えなくてはならない。

とはいえ、現役時の人間ドックも、胃X線検査は自主的に未実施にしてきたし、肛門触診とかそういうものも遠慮した。基本的に血液検査と、超音波、心電図、胸部X線くらいであった。

だから、糖尿病で内科のお医者さんに定期的に通っていて、何ヶ月置きにやってくれる検査と変わらない。健康保険も利くから、健保対象外の人間ドックのように割高になることもない。

リタイアした直後は、市で行われる自己負担1000円の特定検診を受けていた。ところがこの検診たるや腕の悪い看護婦を選んで寄越しているらしく、2年前、両腕に計3ヶ所の針跡が腫れあがってひどい目に遭った。以来、特定検診は受けていない。

特定検診は税金で行われていて、どこの自治体も検査水準にほとんど関心がない。県の出先である健康づくりセンターに一括外注して、そこがまた親方日の丸の低レベルだから、他では使えない連中を特定検診に出すのである。

検査項目も十年一日で、採血する手間は一緒なのだから詳しくやればいいのに、血糖値やコレステロールくらいしか調べない。眼底検査や胸部X線も、問診でお医者さんが必要と認めた場合だけで、そんなの誰も受けさせてくれない。

まあ、X線は胸部であれ胃であれ被曝していいことはなく、それで詳しく検査できるかというと、たいしたことはできない。「百害あって一利」の「一利」がないのである。問診の医師もモチベーションが低く、質問したところで「調べてみたらどうですか」くらいで済まされる。

よく言われるように、先進国には検診という制度はない。病院の待ち時間が2~3時間、診察2~3分とよく言われるが、検診の問診は数秒である。血液検査で異常値があればすぐ分かるというけれど、異常値の基準そのものがおかしいから、結局のところ再検査を先送りしているだけである。

だから長年診てくれている内科のお医者さんがいるなら、その方がずっと有意義である。カルテがあるから過去の数値も残っているし、異常値なのか体質なのかも判断できる。一見の検診医にそこまで期待するのは酷である。

しばらく前は、数年に一度は人間ドックを受けるべきかと思うこともあったけれど、結局のところ調べることは変わらないから、検査着を着てやった気になるだけである。自由になるおカネは少ないのだから、そんなことに使っても仕方ないと思うようになった。

それよりも普段の健康管理。糖質制限とランニングで規則正しい生活を送り、体重、体温、血圧を計って異常なければ、わざわざ人間ドックを受けることもない。何しろ、60歳を過ぎると生命保険に入れないくらい余命わずかなのに、もうすぐ70なのである。

[Jul 23, 2024]

省エネプログラム・糖質制限+塩分制限 ~せいうち日記188

暑い毎日が続く。NHKでも市の防災無線でも「我慢せずエアコンを使いましょう」と言うけれども、電気代が払えなくても何もしてくれない。

しばらく前に東京ガスに電気を切り替えて若干電気代は安くなったものの、ロシア・ウクライナ戦争のあおりでエネルギー価格が高騰してしまった。節電努力は温暖化には敵わず、気温が上がれば自動的に電気代が嵩む。

そうした中、東京ガスが夏の省エネプログラムというのをやっている。予期せぬ電力需要があると発電が間に合わないからやっているので、もともと自分達の都合である。そして、暑い時間にエアコンを使わないでいるのは、年金生活者にとってたいへん厳しい条件である。

とはいえ、これに参加すると少ないけれどポイントがもらえる。2023年夏には203ポイント、2023年冬には63ポイント獲得している。ボイントはTポイント(Wポイント?)になってノンアルコールビールやコカコーラゼロに替わるから、ないよりあった方がいい。ということで、少し本気になって参加してみた。


ポイントがもらえるのは、前日に指定された時間に想定使用量より低く電力消費を抑えた場合である。1kwh節約すると、5ポイントいただける。想定使用量は東京ガスいうところの「標準的な使用量」で、つまり東京ガスの予想している電力消費ということであろう。

電力節約の他に、そもそも家にいなければエアコン使わなくて済みますよということで、「お出かけポイント」がある。これは、節電時間帯に指定された場所(駅とか)に行くと20ポイントが加わる。加えて、1kwh節電すると40円弱電気代が安くなるから、それもメリットである。

設定される節電タイムは、基本的に平日の昼間である。オフィスが動いている時間帯で、店にしろ事務所にしろ空調は止まらないし設定温度も変わらない。最高気温が予想より上がると、同じように使っていても電力使用量は増える。発電量は急に増やせないから、どこかから高く買って供給することになる。

節電プログラムはその分を一般家庭の節電で補おうとするものである。一般家庭といってもいまの時代家にいるのは年寄りばかりだから、暑いけどエアコン止めて下さい。家にいないで下さいというのと同じ意味になる。

片方で我慢しないでエアコンを使えと言い、もう一方で節電に協力しろと言うのはアクセルを踏みながらブレーキをかけるようなものだが、電気はそういうものだし、燃料価格は高騰しているし、原発はみんな反対するから仕方がない。できる範囲で協力するのはやぶさかでない。


わが家は各部屋にエアコンがある。近所にはセントラルヒーティングのご家庭も多く、その場合簡単に節電できないが、わが家は広い部屋ではなく狭い部屋でエアコンを使うことで消費量を抑えることができる。奥さんがパートに出る日にはいちばん狭い北側の5.5畳に移る。

「お出かけポイント」も、20分駅まで歩いてスマホを操作し、20ポイントいただいた。しかし炎天下を歩いたら肌の調子が悪くなったので、それ以後歩くのはやめにした。

お盆期間はオフィスが休みなので節電タイムはない。先週までの獲得ポイントは153.87ポイント、想定使用量より7.87kwh少ないそうだ。キャンペーンは9月末までなので、2回外出すれば昨年実績は上回れそうだ。

正直、子供だましのようなキャンペーンとは思うが、こういうことでもして楽しまないとこの猛暑は耐えられない。狭い部屋に籠りながら、これもCO₂削減の一環と思って過ごしている。

東京ガスの省エネプロジェクト「IGNITURE」、指定時間に標準より少ない電力消費量にするか、外出して指定場所からデータを送るとポイントがつく。


さて、今月のイベントとして書き漏らす訳にはいかないのが、糖質制限に加えて塩分制限を始めたことである。

きっかけは医者で半年に一度やっている血液検査であった。腎臓の数値が悪いと言われてSGLT2阻害薬を処方されたのだが、副作用はひどいし追加検査もしないで薬を出すのはいかがなものかと思ったので、いろいろ調べてみた。

その結果、腎臓とか以前指摘された貧血という可能性よりも、塩分の摂り過ぎによる影響ではないかと思われたのである。医者の1分以内の診断よりも、自分で半日かけた判断の方が信用できるし、いずれにせよリスクをとるのは自分自身である。

とりあえず、しばらくの間塩分制限をしてみて、それで検査してどうなるか。まったく効果がないかもしれないが、日本人はそもそも塩分の摂り過ぎなので、制限したから健康上悪影響が出ることもなさそうだ。


昔買った本は引っ越しとか大掃除の時に処分してしまったものが多いが、食品成分表はちゃんととってある。昭和60年だから40年前、四訂食品成分表による。現在は八訂だからバージョン4つ違うが、細かいことは気にしない。

買った当時はカロリー制限のため使った。80kcalにあたるのはどのくらいの量なのか暗記したものである。4年前は糖質制限に使い、今回また塩分制限のために使うこととなった。

少なくとも半世紀以上、自分で食事内容を決められるようになって以来、塩分を気にしたことはなかった。ラーメンでもタンメンでもスープは全部飲み、そばつゆはそば湯を足して飲み、お刺身には醤油をたっぷり付けた。糖質制限を始めてからも、塩分には全然無頓着だった。

腎臓が悪くなっても自覚症状が来る頃には相当悪化しているし、そもそも尿検査の結果に異常はない。蛋白とか糖が出ていないだけでなく、アルブミンやクレアチニンも正常に濾過されているように見受けられる。

ともあれ、疑わしいと思った点は確認するのが第一歩。健康的な1日塩分摂取量は6g以下とされる。普通に生活していると10gを超えてしまうというから、意識して摂らないようにしなければならない。

食品自体に含まれるナトリウムは仕方ないが(牛乳だってナトリウムを含む)、しょうゆや塩単体、そばつゆを控えるのが最も効果的なようである。奥さんにも、私の味付けはこしょうだけにして、塩は入れないようお願いした。

この時期つらいのが、そうめんやそばである。にんべんのそばつゆには、100g当たり11.2gの塩分が含まれる。大匙1杯当たり1.68gである。大匙1杯入れてみたら、あまりに少ないので驚いた。先月まで、おそらく大匙4~5杯は使っていただろう。それだけで1日6gを超えている。

だから、大匙1杯だけ使って、使った残りは捨てることにした。肉も焼肉のたれを使わずわさびで、カツもソースを少なくしてからしで、餃子もたれ・醤油ではなく酢で食べるようにした。手作りする場合も、調味料、特に本だし系統は食塩と同じくらい塩分があるので注意しなければならない。

こんなことで効果があるのかと思ったが、不思議と体重は減っている。SGLT2阻害薬で2kgくらい減って早々にやめたが、その後もリバウンドせずさらに1kg落ちた。

私が考えたように塩分の摂り過ぎで体内にNa+イオンが過剰となり、結果として血液検査によくない影響があるのだとすると、塩分制限を続ければ検査結果も改善するかもしれない。とりあえず、1ヶ月続けてみてどうなるかである。

昭和60年だから、40年前に買った食品成分表。最初はカロリーを調べ、4年前は糖質を調べ、今回は塩分を調べるのに使った。定価600円、当時まだ消費税がない。

検査数値の悪化についていろいろ調べたところ、塩分の摂り過ぎが問題ではないかと思い至った。塩分を摂り過ぎると体内にNa+イオンが増加するが、一定の濃度に抑える必要から体は水分を取り込む。その結果、血液が増え過ぎたり細胞が水分を貯め込んだりしているのではないか。

もう70年近く生きているが、塩分制限をしたことがない。ラーメンのつゆは全部飲み、そばつゆはそば湯を足して飲み、刺身には醤油をたっぷり付ける食生活をしてきた。それでも体、特に腎臓は耐えてきたが、年齢的に厳しくなっているのかもしれない。

悩んでいるだけでは何も解決しない。考えられる可能性はつぶしていく必要がある。そもそも日本人は塩分を摂り過ぎているというから、多少制限しても必要量に戻るくらいである。塩分が足りなくて健康に悪影響を及ぼす可能性はあまり考えられない。

ところが塩分制限と言ったところ、何を作っていいんだか分からないと奥さんが言う。なにしろ、40年間味を濃くする注文ばかりつけてきたのである。仕方がない。ネットをみると減塩総菜を宅配してくれるところがあるらしい。さっそく手配してみた。


塩分制限食を提供している宅配業者はいくつかある。大手のタイヘイやワタミでも提供しているが、奥さんと相談のうえ、医療食・介護食を専門で扱っているメディカルズ本舗という会社を選んでみた。6食お試しで送料込み5,140円。スーパーの冷凍弁当の3倍近くするが、健康には代えられない。

ネットで注文して連絡があったのは19日。お盆は夏季休業でやってなかったのである。翌20日にお届けしますとメールが来た。

翌日到着。6食分セットで段ボールに入っている。意外だったのは納品書に各メニューの成分表が細かく書かれていることで、食塩相当量はすべて1.7g以内。3食これを食べても6g以内に収まるようになっている。

6食の内訳は主菜は肉3、魚3。副菜が3点付く。主食は利用者が用意することになっていて、それぞれのニーズに応じて調整する。おかず部分のカロリーは約250kcal、糖質は約17g、食物繊維は8g前後となっている。

さっそく夕飯に、豚肉とナスのみそ炒めを選択。副菜は切干大根、菜花のおひたし、パイナップルコンポート。医療食・介護食のプロだけあって、特に薄味という感じはしない。さすがに切干大根は醤油味があまりしないが、豚肉にはちゃんと味が付いておいしい。

たれまで全部食べて塩分1.7gで済むのかという気がするけれども、そこは管理していると信じよう。ノンアルコールビールとデザートに梨を食べて、カロリーは350kcalくらい、糖質は40gといったところ。糖質制限食としても許容範囲内である。

毎日これを食べるとわが家の食費をオーバーしてしまうが、週に1~2回食べて様子をみるのが健康的にも経済的にもいいかもしれない。とりあえず、来月中旬の人間ドックまで続けて効果があるのかどうか確認する予定である。

その後、奥さんもご近所で聞いてきて、生の鮭や冷凍の鱈を野菜に乗せて蒸す料理、醤油を使わず酒とみりんだけ使った煮びたしなどを開発した。「このくらいの味が私は好き」とおっしゃるので、今後減塩メニューを期待できるかもしれない。

[Aug 21, 2024]

メディカルズ本舗の減塩メニュー。1食の塩分が1.7g以下なので、このレベルに収めれば1日6g以内に抑えることができる。6食お試しで送料込み5,140円。

6食分の冷凍減塩食が届いた。納品書にはそれぞれのカロリー、食塩相当量はじめたんぱく質、脂質、コレステロール、糖質・食物繊維などの成分が詳しく記載されている。

9年ぶりに人間ドック ~せいうち日記189

人間ドックがいよいよ来週に迫った。残り1ヶ月で予定した体重(80kg以下)を達成してから、何とかここまでリバウンドせずに来ることができた。もう少しの辛抱である。

心がけているのは、ここ数年来のマイルドな糖質制限と、先月から始めた塩分制限、それに検査前のルーティーンである間食制限とアルコール制限である。人間ドックを受けるようになって30年経つが、検査前には生活をリセットすべきと思うものだから、ずっと続けている。

これまでの検査と違うのは、ずっと注意していた体重と血圧、GOT、GPT、コレステロール、血糖値とヘモグロビンA1cよりも、クレアチニンとeGFR、尿素窒素といった腎機能関連に関心が移ったことである。

いつも通っていた内科医から、eGFRが悪いと言われてSGLT2阻害薬を出されたのがきっかけであった。確かにeGFRは60以下だけれども、私は30代の頃から血清クレアチニンが1.1程度あって、70歳近くなると自動的にeGFRは60を切る。

おそらくこれは筋肉量が多いためだと思うけれど、追加の検査(推定値でないGFRや、シスタミンCなど)をせずにいきなりSGLT2阻害薬というのが気に入らない。この薬は腎臓に関して即効性がない上、低血糖や頻尿、脱水症状、尿路感染症など副作用がてんこ盛りなのである。

話を戻すと、血清クレアチニンは昔からずっと1.1近くだったけれど、検査時点によって0.8から1.1と振れ幅がある。もし注意して0.8台にできるのであれば、eGFRは69くらいになるのでほぼ問題ない。そもそも、尿たんぱくもアルブミン尿も出ていないのである。

そして、過去数年の検査前の行動を確認してみると、直前5日で30km走ったり、前日にジムトレーニングをしたり、検査日の朝に走ってから採血したこともある。ただでさえクレアチニン値が高いのに、さらに高くしてどうするという世界である。体重ばかり気にするからそうなるのだ。

あわせて、食生活にも気をつけた。腎臓を守るには塩分制限と昔から言われるのに、全然そんなことを気にせず、そばつゆはそば湯を入れて飲み、刺身は醤油たっぷり、週に1~2度マーボ豆腐の昼食で、塩分はその時点で10g超えという日々だった。

まず塩分制限。とりあえず1日6gの推奨摂取量に抑えるため、減塩総菜を宅配してもらった。そばつゆは大匙1杯だけ、醤油もソースも減塩にした。ドレッシングも、基本的にレモン酢である。

高タンパク食も腎臓にはよろしくない。7月まで牛肉300gを月2~3回食べていたが、在庫を食べきってから補充していない。8月以降は鶏肉、豚肉、魚が主体で、量もずいぶん減らしている。糖質もそれほど増やしていないから、結果的にカロリーもかなり抑えられている。

以前、中性脂肪やコレステロールが異常に高く、人間ドックのたびに指摘されていたが、いまから考えると糖質制限すればかなり改善されていた。腎機能の数値も、食生活に少し気をつけるだけで、結果はずいぶん違うかもしれない。

糖質制限の有効性は、当時誰も教えてくれなかった。腎機能関連についても同じようなことがあるとすれば試す価値はあるし、有効性が知れ渡る頃には生きていないかもしれない。

わずか1ヶ月ほどの努力であるので、どの程度検査結果に現われるかは何ともいえない。それでも、やらないよりやった方がましだし、少なくとも直前に検査数値を悪くするようなことは避けた方が無難であろう。

泣いても笑ってもあと数日。結構ストレスが溜まる毎日だが、仕事をしていた頃とは違う。自分のことを自分で心配するストレスは、すべて自分自身で完結するのである。

 

これまで、検査では体重とか血圧、血糖値、肝機能ばかり気にしていたが、今回は腎機能を重点に準備している。


先週末は、人間ドック準備のためトレーニングはお休みにした。

今回注意している腎機能関連の検査数値、普段通り生活したのでは異常値が出てややこしいことになる。本当に腎臓が疲れているのならともかく、体質で悪いだけなのに無理やり薬を出されるのは勘弁である。

特に血清クレアチニンは、筋肉量が多い人は高くなる傾向にある。私は30代で人間ドックを受け始めて以来、ずっと1.1とか1.2で推移してきた。これを年齢で補正すると、eGFRは自動的に60を下回り、腎臓が半分機能していないという数値になる。

eGFRの「e」はestimated・推定値という意味で、実際のGFRは1日採尿して検査する必要があるが、それが手間なので医者はやらないだけである。そして、筋肉量の多い人はCシスタミンという別の検査があるのだが、これすらやらない。面倒くさいのである。

歳が歳だから本当に悪いケースも想定しなければならず、その場合はCシスタミンを調べてもらおうと思っているが(保険がきく)、それは別の医者でやるつもりである。その前に、生活に気をつけて検査を受けてみて、それでどういう数値が出るかである。

腎機能関係の検査数値を悪くするのは、短期的には激しい運動と高たんぱく食。糖質制限とランニングをしている私はビンゴである。だから、週末の72時間はトレーニングを休んだ。大好きな牛肉もしばらく食べてない。

長期的には塩分の摂り過ぎで、これは1ヶ月前から取り組んでいる。1ヶ月でどの程度効果があるかは分からないが、とりあえず体重は落ちて血圧も低くなった。あとは検査日まで体調をくずさないことを最優先である。


市の人間ドックを申し込んだところ、すぐに期近の予約を押さえることができた。半額の補助が出る。


この1ヶ月間は、かなり厳しい日々だった。リタイア後もっともストレスフルだったかもしれない。何しろ、久々の人間ドックだったので、食生活に気をつけ、アルコールは極力控え、ランニングも疲労を残さないよう心がけたためである。

人間ドックの記録をみると、前回受けたのはリタイア前の2015年12月だから、もう9年近く前である。

リタイアしてから、市の特定検診と毎月通っている糖尿病の検査のみであった。そもそも諸外国には検診とか人間ドックなど普及していないし、検査項目もほとんど意味がないとYouTubeでもやっている。

ところが、半年に一度の検査でeGFRが悪いと言われ、SGLT2阻害薬を出されて、かかりつけ医がちょっと怪しいと思い始めた。血糖値が普通なのにSGLT2阻害薬は危険だし、少なくとも追加で検査しないと投薬が必要かどうか分からないと思われた。

医者が検査してくれないなら、自分でするしかない。幸い、わが印西市には人間ドック助成制度があり、費用の半額を負担してくれる。近くの病院が指定医療機関で、行ってみたらすぐに検査日を押さえることができた。9月17日、昨日である。

 

人間ドックとなれば、生活に気をつけなければならない。気をつけるだけで体重は減る。そして、2日飲んだだけのSGLT2阻害薬の影響と、塩分制限の効果で、8月半ばに早くも80kgを割り込んでしまった。

いままでの人間ドックでもっとも軽い体重は84kg台だったから、この時点で最軽量で臨めることが予想できた。80kgを割ると、常に指摘されてきた「太り過ぎです。減量が必要です」のコメントがなくなる可能性がある。どうせなら、この体重で当日を迎えたい。

とはいえ、奥さんとワイン1本飲むだけで2kgは太ってしまう。検査当日まで約1ヶ月、リバウンドだけは避けなくてはならない。落とした体重を維持するのが精神的にきついのは分かっていたが、半世紀来最軽量になった上でのことだから、相当のストレスであった。

奥さんに、「拒食症?」とか「憑りつかれてるんじゃないの」とかさんざんなことを言われながら、もう少し食べたい、もう1杯飲みたいとの誘惑をなんとかこらえ、残り1ヶ月が2週間になり、1週間になり、ようやくゴールが見える位置までやってきた。

9月17日、連休明けの午前8時が予約時間である。指定された不織布マスクをして、病院2階の検診センターに向かう。ここは、走ると5分以内に着く最寄りの病院だが、築後まだ日が浅いので設備は新しい。

朝一番の体重は77kg台。それから水を飲んだけれど、それほど増えずに身体測定に臨めるはずだ。第一目標の80kgを下回って人間ドックという目標は達成できたようである。


走ると5分の最寄り病院。腎機能の検査があるので3日間トレーニングをお休み、当日朝も車で行きました。


人間ドックは9年ぶりであるが、やることはそんなに変わった訳ではない。受付して更衣室で検査着に着替え、まず呼ばれたのは超音波(エコー)。最初は身体測定か採血と思っていたので、ちょっと面食らう。おそらく、朝一番だったので混み合うエコーから先にやったのだろう。

待合室に戻り順番を待つ。視力と眼底・眼圧、聴力、血圧、肺活量、心電図、採血と淡々と進む。ただ、検尿が出ずに苦労する。水を飲みたいのだが、なかなか身体測定が終わらない。ようやく体重を測って、置いてある給水機で200cc給水。検尿で苦労するなんて、30年人間ドックをやってきて初めてである。

バリウムをやらないのは昔からで(被ばくするほどのメリットがない)、胸部レントゲンは外来患者と混じって放射線科で待つ。あとは採尿。スポドリでも飲めば一発なのだが、それでは糖が出てしまうおそれがある。再度200cc給水して、ようやく50cc採ることができた。

あとは問診だけのはずだが、ずいぶんと待たされる。採尿が遅かったので仕方がない。あるいは、血液検査を病院内でやっているのかもしれない(実際そうだった)。いつもながら、朝食を抜いているのでふらふらする。もう検査はないはずなので、受付に断って売店へ。

りんご味のエネルギーゼリーで補給して、何とかひと心地ついた。戻ってくるとすぐ呼ばれて問診。人間ドックの問診は医者が診てますというアリバイ作りのようなものだが、ここはちゃんと診察するようで、顔色やまぶたの裏、胸と背中にもちゃんと聴診器を当てる。

「特に問題はないと思います。体重は、もう少し落とした方がいいかな」と言いつつ、ディスプレイの数字を見ている。これはさっき採血した血液検査の結果である。「GOT、GPT、コレステロールも問題なし。血糖値は高めだけれど、こんなもんでしょう。クレアチニンがちょっと高いかな」

ディスプレイを覗くと、1.00と赤表示になっている。7月の1.03から、生活にかなり気をつけたけれど劇的に改善とまではいかなかったようだ。「30代の頃からクレアチニンは高くて、1.1とか1.2あったのですが」「改善してるのね。じゃあ別にいいでしょう」

せっかくの機会なので、筋肉量が多くてクレアチニンが高い場合、腎臓内科で検査した方がいいのかどうか訊くと、「腎臓内科?そこまでしなくていいでしょう」という返事だった。ニュアンス的に、腎臓内科で診てもらうのは透析間近の患者という感触であった。

結果は1ヶ月くらい先とのこと。その晩は奥さんと検査終了の祝杯をあげた。でも、醤油もソースも減塩。せっかく塩分制限に慣れてきたので、続けられることはしばらく続けようと思っている。

[Sep 19, 2024]

医者は投資顧問と同じレベル ~せいうち日記190

この夏もっとも時間と手間をとられたのは、医者絡みであった。糖質制限導入以来、血糖値、HbA1c、肝機能関係の数値がいずれも改善して薬はほとんど飲んでいないのに、eGFRの数字が悪いといってSGLT2阻害薬を出されたのである。

とんでもない副作用があり、すぐに飲むのをやめた。いろいろ調べたところ、eGFRの数字が悪い(とはいっても50以上ある)から腎臓が働いていないとは言い切れないし、ましてすぐに投薬とはならない。詳しく検査して調べるのが普通だし、血糖値が正常なのにSGLT2阻害薬はまともではない。

人間ドックで改めて検査してもらい、異常値の出ていた腎関係を再検査するため腎臓内科を受診した。かかりつけ医で再検査していれば、手間も費用もかからなかったのだが、この薬はおかしいと言いに行って診察料をもう一度払うのは腑に落ちない。どこの店が返品するのにさらにカネを取るのだ。

六十数年生きてきて、医者のいうことは信用するものと無条件に考えてきた。個人情報の最たる検査数値を見せている訳だし、過去の体調、疾病歴、その他の情報がカルテに残っている。だがこうなってみると、医者は患者第一ではないし、まして患者に代わってリスクをとることはないと痛感する。

考えてみれば医師という資格をもっているだけで同じ人間である。医学部を出て国家試験に受かってはいるが、人間的に優れていることを担保する訳ではないし、まして資格取得後の努力は本人の自覚に任される。言ってみれば、大学院を出て資格を取った投資顧問と基本的に変わらない。

証券会社や投資顧問が奨めるからといって、推奨銘柄を無条件に買う投資家はいない。投資顧問もその前提で、リスクは投資家にあるものとして奨めている。しかし医師の言うことは、基本的に受け入れるのが患者のスタンスである。医学知識がないし、まして病人を診た経験がないからである。

ところがそれをいいことに、薬品会社のセールストークをそのまま患者に奨めるとしたら、投資顧問と一緒である。反論する患者はほとんどいないし、副作用があったからといって返品に応じる訳ではない。

残念ながら開業して数十年経過している医者は、論文も読まないし新しい薬品の臨床経験もない。個々の患者について考える時間は1分以内である。院長だといってお山の大将を長年やってきているから、分かりやすく説明して患者の理解を得ることもしない。

そういう医者に自分の体を全権委任するのは、たいへん危険である。それよりも、自分で調べて納得した上で必要な治療を選択すべきである。自分で考えて決めたことだから、結果がよくない方向に進んだとしても、文字通り自己責任である。

ネット時代になって昔とは状況が違ってきたが、証券会社に株式の売買を依頼するのは自分では株式市場にアクセスできないからであった。だから高額の手数料を払い、証券会社のセールスも聞いて売り買いしなければならなかった。

医者に行くのは、処方してもらわないと買えない薬があるし、健康保険もきかないからである。誰でも望む薬を入手できる方が便利ではあるが、副作用の大きい薬や麻薬成分が含まれる薬を野放しにするのは、公衆衛生上・防犯上望ましくない。

それをいいことに、医者が昔の一任勘定みたいに、投資顧問の真似事をされては困るのである。

 

この夏の事件は、かかりつけ内科医にSGLT2阻害薬を処方されたことであった。すでに血糖値が正常で糖尿病治療薬を飲んでいない患者に飲ませて、低血糖にならない訳がない。


病気や薬のネット情報を見ると、必ず「自分で判断するのはやめましょう。必ず医師に相談しましょう」と書いてある。けれども、自分の体に関するリスクを自分で判断してとることのどこがおかしいのだろう。

確かに、専門知識は医師の方がある。とはいえ、彼らも専門分野があり、糖尿病について知っていても腎臓に詳しいとは限らない(実際、人間ドックで問診の医師に「僕専門じゃないからよく分からない」と言われた)。

医師免許にどの科が診れますとは書いていないし、専門以外の最新知識があるとは限らない。患者本人は自分のことだから真剣に調べるけれど、医師はそうとは限らない。しかし医師本人は、どの分野でも患者より自分の方が詳しいと思っている。だから、ネットにもそんな書き方をする。

しかし、専門分野でなくしかも時間をかけずに判断した内容が常に正しいとは限らないし、そんな判断にリスクをとる訳にはいかない。不適切な治療内容(投薬)なら飲まないという選択肢はあるが、それだって返品には応じないし、文句を言いにいってもさらに診療報酬を取られるのである。

今回の一件では、人間ドックで検査し、腎臓内科で再検査した。結果は、シスタチンCでeGFRを試算すると66.9という数字となった。「すぐに治療が必要ということはない」という診察結果である。にもかかわらず、かかりつけ医は副作用のある強い薬を処方したのである。

こうなることは自分でもかなりの確率で予想できたし、普通の判断能力があれば少なくとも精密検査はする。それをしないのは、知識がないかやる気がないかで、「一任勘定」で自分の体を任せることのできない医者である。

話は戻るけれど、長いこと医者の判断は原則的に受け入れることにしていたが、こうなってみると大変危険だったのである。いまだに処方された薬を飲み続けていたら、体に悪影響があったのは間違いない。

投資顧問に「お前の奨めた株下がったじゃないか」と文句をつける客はいても、医者に「お前の処方した薬で具合が悪くなった」とクレームをつける患者は多くない。いたとしても「薬が合わなかったですか。他ので試してみましょう」と言われるだけである。

自分の体のリスクは自分でとる。知識とやる気のない医者が短時間で下した判断より、自分で考えて下した判断の方がずっと信用できる。少なくとも、リスクをとった結果は自分に返ってくる。投資顧問と五十歩百歩の医者に、そこまで任せるつもりはない。

[Oct 18, 2024]

eGFRが悪いとSGLT2阻害薬を処方されたが、シスタチンCで再検査したところ、「すぐに治療が必要ということはない」という診察結果。素人にも分かることがなぜ医者に分からないのか。


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