60歳で再び学校生活を送ることになるとは思いませんでしたが、脳の違う部分を使っているようで、たいへんためになりました。
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四半世紀ぶりにハローワーク
ハローワークは昔と違う
第一回失業認定日
うれしい初・失業保険
職業訓練を申し込む
職業訓練校に合格
入所説明会と入所式
自己負担はあっという間に4~5万円
いきなりV=IRはきつい
今の時代にボイラーを勉強する

四半世紀ぶりにハローワーク

次に急がなければならない手続きは、雇用保険(失業保険)である。

実は26年前、最初の転職の際3ヵ月間フリーだったので、ハローワークには行ったことがある。ただ、今回と同様に「自己都合退職」であったため、給付制限期間に引っかかって失業保険は受給できていないし、再就職手当もいただいていない。

当時の「受給資格者のしおり」をみると、30歳以上・勤続10年以上(その時の条件)で所定給付日数が210日もある。今回の見込み日数は150日だから、随分と保障が薄くなったものである。ちなみに、当時、いまの私の状況(55歳以上・勤続10年以上)であれば、300日出ることになっていた。四半世紀で半分になっていることになる。文句を言える筋合いではないが。

さて、思い立ったが吉日で、かつての勤務先から離職票等の書類が届いた次の日、さっそく手続きに向かう。千葉ニュータウンは地域により所轄のハローワークが異なり、わが印西市は成田である。2つ前の駅・小室だったら、26年前と同じ船橋にいかなければならなかった(場所は市役所のある湊町から船橋駅前に変わったようだ)。

1時間に2本しかない成田線の電車で、成田駅に向かう。ハローワークは、駅前の真新しいビルの3階にある。受付で「退職しまして、今日が初めてです」というと、離職票があるかどうか確認され、記入する用紙を渡される。必要事項を記載すると、整理番号が渡される。昔は順番が来るまで待たされた記憶があるが、なんだか銀行みたいである。

最初の窓口では、住所・氏名・記載事項を確認して「ハローワークカード」を渡される。次の窓口では、説明会と初回認定日が指示される。原則として、ハローワークの都合が最優先である。待っている間、大きなディスプレイで早く再就職しないと大変です、という内容のVTRが流されている。かなり高圧的な内容なので、あまり見ない方がいいかもしれない。

担当者の方は、昔に比べるとソフトな対応である。あるいは、こちらが歳を取ったのでそう感じるのかもしれない。今回の訪問で求職申込となるので、今日から待機期間・給付制限期間がスタートする。逆に言えば、ハローワークに行くのが遅れれば、失業保険が出る(給付制限が満了する)のがそれだけ遅れるということになる。

ここで一つ注意しなければならないのは、最初にハローワークに行った日で、「認定日型」、つまり今後ハローワークに行かなければならない日取りが決まってくるということである。私の場合は「週型2の木曜日」で、今後ハローワークに行かなければならない日は基本的に木曜日となる。週型2にあたる週がどこかということは、受給資格者のしおりに書いてある。

だから、なるべく都合が入らない曜日にハローワークに行った方がいいということになる。逆に言うと、ハローワークが混む日に最初の訪問をすると(月曜日とか月初めは混みそうだ)、以後もずっと混んだ日に手続きすることになることになりそうである。

さて、実は今回の退職、理由としては「配偶者と別居生活を続けることが困難となったことによる離職」と主張できるので、ゴネれば特定理由離職者にできたのかもしれない。特定理由離職者と認められれば給付制限期間がなくなるし、他にもいろいろ有利な点がある(国民健康保険料の減免とか)。

しかしながら、会社だってなかなか認めないだろうし、仮に認められたとしても給付日数そのものが増える訳ではない(給付制限がなくなるので早くもらえるというだけ)。ハローワークでああだこうだ言うのも気が進まなかったので、「自己都合です」「それですと、3ヵ月の給付制限があります」と10秒で済ませることにしたのでした。

ハローワークは昔と違う

8月第3週の水曜日はハローワークで雇用保険説明会。2時半開始で予定時間は2時間。10分前に集まってくださいと書いてあったのは、開始前に10分間、年金事務所から国民年金の説明があるためであった。本題のハローワークとは関係ないので、遅れて入ってくる人も少なからずいる。

会場は劇場型のホールでキャパシティは200人ほど。この日集まっていたのは大体60~70人だったので、席には余裕がある。まるで映画を見るような環境で、実際に半分くらいの時間は厚生労働省監修のDVDだった。四半世紀前に受けた説明会では、長机に3人掛けだったから、今昔の感しきりである。

説明内容も、昔はもっとぶっきらぼうで高圧的だったように記憶しているが、現在では分かりやすくて親切である。世間一般で何かにつけて「お客様目線」なのはあまり感心しないのだけれど、ハローワークの場合は、ただでさえ気分がささくれている人が相手なのだから、無用なトラブルを防ぐためにはこのくらいの方がいいだろう。

今思えば、かつての職安担当者は、なんであんなに偉そうにしていたのかと思う。彼らの給料の源泉は雇用保険料であり税金なのだから、本来それほどいばれる立場ではなかったはずだ。その意味では、現在の方が望ましいことはいうまでもない。「公僕」なんて言葉があった時の方が威張っていて、そういう言葉を使わなくなったら普通になった。面白いものである。

それでも、雇用保険の不正受給の説明では、それまできれいな女性が説明していたのに突然いかつい男が登場して、「不正受給は必ず発覚します。3倍返し!」とこわい顔で脅かすのである。なるほど、こうした警告を引き続きしているということは、度重なる注意喚起にもかかわらず不正受給は減っていないようである。

説明会後半では、名前が呼ばれて「受給資格者証」が配付され、いよいよ失業認定申告書の書き方について説明がある。

失業認定申告書については、提出する申告書原本も渡されて、結構細かく説明がある。長年のサラリーマン生活で役所向けの書類を山ほど作らされてきたので、こういう仕事はお手のものである。「第一回の認定日は、今日の日付と説明会参加と書けば求職活動実績になりますから」など細かく説明するところをみると、不備な申告書はかなり多いようである。

不備な書類を出してしまうと、窓口の担当者も仕事が増えて嫌だろうし、出す方だって余計な手間がかかってストレスになる。基本的にこの申告書には、失業状態にあって収入がないことを書けばいいのだから、あとは必要十分な記載をすればいいはずである。などと考えながら説明を聞いていたら、あっという間に2時間が経った。

それでも、帰り道ではひどく疲れているのに気が付いた。考えてみると、時間を拘束されるのも人の話を黙って聞いているのも、半月ぶりくらいのことである。ここ20年以上、半月も続けて休んだことはないのだから、疲れるのも仕方がないことかもしれない。次のハローワークは9月の初回認定日。次回は、それほど時間はかからないはずである。

第一回失業認定日

ハローワーク第1回の認定日は9月初旬。この日に行っても失業保険は給付されないが、7日間の待機期間満了を確認するために行かなければならないのである。指定された時間は9時から9時半。サラリーマンの習性で、15分くらい前に着いてしまった。

説明会で指示されたとおり、「給付係」のコーナーに行って、雇用保険受給資格者証と失業認定申告書を、置いてあるクリアファイルに挟んで受付箱に入れる。ここまでの手続きは26年前にもやっているはずなのだが、おそらく船橋と成田ではやり方が違うのだろう。全く記憶にない。

待ち時間の間に、ハローワークの中を一回りする。事務所のスペースのうち大部分を占めているのは求人検索のためのパソコンで、30台以上設置されている。この時も、検索した求人を窓口に申し込んで、その場で求人先から連絡があり呼び出されている人がいた。コンピュータの活用により、このあたりは昔よりかなりスピードアップしているようだ。

事務所内に何ヵ所か、求人や職業訓練に関する資料が置いてある。ここ成田には成田空港があるので、空港関連求人の特設コーナーもある。再就職を急かす内容のビデオも相変わらず流れているが、初めて見る時よりも勘にさわらないのは、説明会で免疫ができたからだろう。本当に、何事も経験である。定年後も同じ会社に勤めていたらこういう経験はできないと思うのは、負け惜しみだろうか。

朝早いのでそれほど待たずに名前が呼ばれる。予想したとおり、給付制限3ヵ月の説明があり、次の認定日は11月下旬と指示される。そして、「今日これから職業相談があります。これは求職活動の実績となります」と番号札を渡された。おお、何と効率的。これで1回の実績となると、あとは次の認定日まで少なくとも1回の実績があればいいことになる。

失業保険の手続きの中で、最も心配していたのが求職活動実績についてであった。失業保険を受けるためには求職活動を月2回以上行う必要があるが、「受給資格者のしおり」によると、求人情報の閲覧や知人への紹介依頼、民間紹介機関への登録といったことは求職活動に該当せず、実際に求人先に応募したり、ハローワークのセミナー、個別相談等を受けないと実績にはならない。

定年世代の失業保険受給者が、みんながみんな求職活動に精を出しているのだろうかと疑問に思っていたのだが、こうやって認定日に1回の相談を受けるシステムにしておけば、あとの1回はセミナーを受ければクリアできるし、何枚も履歴書を書く手間が省けるというものである。おそらく、ハローワークの人も、2回をクリアできない人の扱いに苦慮しているのだろう。

なんてことを考えていると、番号が呼ばれて職業相談である。「お願いします」とハローワークカードと受給資格者証を渡すと、その裏面に日付と職業相談済のスタンプを押してくれる。職員の人がスタンプを押している間に、質問票に回答する。昔は「ハローワークで探しますか、それとも民間で探しますか」などと聞かれたものだが、やり方がかなりスマートになった。

再就職手当の受給について改めて説明がある。「最初の1ヵ月はハローワークの紹介でないと再就職手当は出ません」と言われて、あれっと思ったが黙っていた。帰ってから調べてみると、昔は再就職手当は給付制限2ヵ月目まで出なかったのだが、現在の制度では1ヵ月でいいのである。昔からこの制度だったら、26年前も再就職手当がもらえたのだが。

(そのあたりはハローワークもぬかりがなくて、昔の受給資格者証の再就職のところに、不該当(制限中)と赤く書いてある。ちゃんとチェックしてくれていたのである。というよりも、6月末の退職だったのに、最初にハローワークに行ったのが8月という時点で勉強が足りなかった。)

その後、定年退職世代の想定Q&Aに入っているらしく、「職業訓練に関心はありますか」と尋ねられる。ありませんなどと答える訳にはいかない(再就職の意欲を疑われる)から、「関心はありますが、どんな講習があるんでしょう」と答える。すると奥のキャビネからパンフレットを2冊持ってきた。

「新しい職を探すに当たり、必要な場合には再就職のための職業訓練を受けることができます。受講料は無料、ただし教材費が自己負担となります。この訓練を受講すると、基本手当の他に受講手当が最大40日分と、旅費が最大で月△△円出ます。これは千葉県の募集ですが、東京都の募集にも応募できます」と説明された。

正直なところ、こういった講習はこれから長く働く若い人向けのものだと思っていたのだけれど、帰ってから内容をよくみると中高年向けの内容もきちんと用意されている。幸い、これから3ヵ月間は給付制限のため認定日がない。考える時間は十分にある。

[Sep 15, 2016]


うれしい初・失業保険

7月末に退職し8月に入ってすぐハローワークに行ったので、3ヵ月の給付制限期間が明けるのは11月始めである。その間、失業認定日は2回。9月に、待機期間満了を確認するため1回。次が11月で失業認定1回目。失業認定が行われると、基本手当、いわゆる失業保険が出ることになる。

過去2回の転職では、失業期間が短かったりなかったりしたので、基本手当も再就職手当もいただいたことはない。だから今回、はじめて失業保険をもらうことになった。いただかないで一生送れればたいへん幸せなことであるが、人生そう簡単なものではない。収入がない状況に陥れば、いただけるのであればありがたくいただくということである。

失業を認定してもらうためには、失業認定申告書を提出しなければならない。書くことは基本的に2つ。前回の認定日から今回まで、就業したり収入を得たりしていないということが一つ。もう一つは就職できる状況にあって、求職しているにもかかわらず失業状態にあるということである。

前者については、働いたり収入があった場合、それを申告しなければならない。私の場合は退職以来収入がないので、特に申告すべき事項はない。以前ハローワークに行った30年前には、原稿書きなどしていたのできちんと申告したものであった。

後者については、求職活動実績となる事項が定められていて、ハローワークで主催される個別相談やセミナー等は受給資格者証にスタンプされているので、それを申告する。原則として、前回失業認定日以降、2回の求職活動実績が必要である。
 
私の場合は前回認定日から2ヵ月以上間があいたので、2回必要なところ4回の求職活動実績を申告してある。一つ二つ文句が出ても(出ないが)大丈夫なようにしてあった。 
 
指定された失業認定日は、なんと首都圏で半世紀ぶりに11月の大雪となった日であった。朝起きた時にはまだ雨だったが、午前7時を過ぎると大粒の雪となり、みるみるあたりが白くなっていく。心配になって、指定された時刻より早くハローワークへ行く。「給付係」のコーナーで、雇用保険受給資格者証と失業認定申告書をクリアファイルに挟んで受付箱に入れる。

雪のせいか、待っていたのは2、3人であった。認定日に来ないと失業保険が出ないので、こういう交通機関が止まりそうな時にはみんな先を争って来るのではないかと思っていたのだが、そうでもなかったようである。すいていたのであっという間に名前が呼ばれる。申告書に不備はなかったようで、次回の認定日を指示されて終了となった。

「次回の認定日は年末の関係で早くなりますので、間違えないように来所してください。基本手当は1週間ほどでご指定の口座に振り込みとなります」

受給資格者証には、振込予定金額と残日数が機械で入力されている。試算はしてあったものの、実際に振り込まれる金額をみると、たいへんうれしい。そして、次回認定日は12月の中旬。通常4週間の間隔があるところ、3週間しかない。それまでの間、2回の求職活動実績が再び必要となる。何をして2回クリアしようかと、早くも次の失業認定申告書のことが気になるのであった。
 
さて、基本手当(失業保険)の振込は、1週間もかからずに翌週初めには入金になった。ゆうちょダイレクトで入金を確認して、退職金以来の収入に感無量であった。週末には奥さんと、ささやかに祝杯をあげたのでありました。

職業訓練を申し込む

さて、失業保険を受ける条件となる求職活動実績を作るにあたって、まず当たってみたのは職業訓練であった。せっかく、9月の就職相談で紹介されたこともあり、職業訓練校であるポリテクセンター千葉の募集案内を読んで予備知識を仕入れた。

職業訓練にはさまざまの分野がある。産業機械オペレーションや旋盤・溶接、住宅施工や内装、機械設備などが中心である。CADをはじめとしたコンピュータ系も多い。期間はどの講座もほぼ半年で、千葉市にあるところのポリテクセンター千葉に通わなければならない。

ただ、どの分野にしても、就職して以来事務しかやったことがない私にはほとんど全く経験がない。少しかじったことがあるのはコンピュータ系だけれども、ネットワークにせよCADにせよ技術は日進月歩だから、昔の知識などほとんど役に立たないだろう。まして、還暦近い年齢を考えれば、選考となれば真っ先に落とされそうだ。

唯一、中高年にも門戸を開いていそうな科目は「ビル設備サービス科」である。募集案内をみると、ビル管理に必要な電気・空調設備、給排水設備等について勉強する、とある。そして、「9割以上の方は全くの未経験者です」「中、高年齢の方であっても、高い就職率を推移しています」と書いてあるから、未経験の年寄りでも、門前払いということにはならないだろう。

門前払いにはならないとしても、選考に通るかどうかは別問題である。職業訓練校の選考基準がどうなっているかは分からないけれども、単純に選考試験の点数で決める訳ではあるまい。訓練を受けた後にどの程度働けるか、つまり年齢も重要だし、就職への意欲、どのくらい差し迫った事情があるかも考慮されるに違いない。
 
とはいえ、応募しなければ試験に通ることは絶対ないことだけは確かである。応募は年4回できるけれども、実際には失業保険(基本手当)の残日数などの制限があるのでチャンスは今回だけである。だから可能性としては厳しいとしても、応募することにした。後から、あの時申し込んでおけばよかったなどと、じくじく後悔したくなかったからである。

10月下旬、募集期間開始を待ってハローワークに行く。「本当にやる気あるんですか?」とか聞かれるかと思ったがそういうこともなく、「受講申込書は書いてきましたか」とあっさり言われる。不明だった点を確認してその場で記入すると、「応募書類は提出しておきます。訓練説明会はポリテクセンターに電話して申し込んでください」と書類はしっかり受理されたのである。

11月に入って、訓練説明会があった。JR四街道の駅からバスで10分、そこから歩いて10分、ポリテクセンターは工業団地の一角にあった。説明会に来たのは150人くらい。まず6組に分かれて、校内見学である。

教室でパソコンを前に、講義を受けたり演習をしているグループがある。体育館のような広い建物の中で、ユンボの操作を習っているグループがある。作業台を前に溶接や旋盤の実習をしているグループもある。模擬住宅を使って、内装の実習をしているグループもある。中学校の技術家庭の授業を思い出してしまった。

見学の後は、全員がホールに戻って2時間ほどの説明会。授業料は無料だがテキストや作業服等は用意すること、万一の事故に備えて保険に加入することなどが説明される。コンピュータ系は求人は多いものの年齢制限があるというから、想像していたとおり志望しても難しかったようだ。

「ビル設備サービス科」の募集は30名、過去1年間の倍率は1.6~1.7倍というから、50人くらいの応募者があることになる。 予想していたよりも倍率が低く、希望はない訳ではなさそうだ。とはいえ、年齢順では上から数えて何番目(若い方から選考すれば真っ先に落ちる)だし、倍率がこれだけ低いから人数合わせに奨められたのかもしれない。

選考・面接は12月8日。前の週に郵送されてきた受験票を持って、再び四街道のポリテクセンターに向かう。8時45分から受付、9時15分から選考開始で、まず「応募及び受講に関する同意書」に署名を求められる。訓練は就職が目的であることを理解していますとか、選考・受講にあたってはポリテクセンターの指示に従いますといった内容である。

同意書が終わると選考試験。漢字の読み書き、計算問題、図形認識などで制限時間は25分。問題は少ないので10分くらいで終わってしまった。 試験が終わると1人10分ずつの面接。「受講している途中で就職が決まったらどうするか」の質問を除くと、聞かれるのは常識的なことであった。予想したとおり、試験や面接の成績で選ぶということではないようである。

前後の机を見回すと、30名の募集に対し受験者は50名ほどで倍率は過去と同じくらい、空席もいくつか見られたので当日欠席して受けなかった人もいるようだ。受験者の3分の2はスーツ姿、ということは私同様に前職はサラリーマンであろう。そして、中年は多いものの、見るからに60がらみという人もいない。

合否は郵送で通知される。校内見学は面白かったし、講義内容は興味深いのだけれど、この歳になって品定めされるのは嫌だなあと改めて思った。サラリーマン時代は逆の立場もたびたび経験し、面接官をやったことも何度かある。正直なところ、面接が悪くて落ちることはあっても、面接が良かったから受かることもないのだ。おそらくどこでも変わらないだろう。

職業訓練校に合格

と、前回までは合否が出る前に予定稿として書いてあったのだが、なんと結果は合格。倍率が低かったのでもしかするととは思っていたが、落ちる可能性の方がかなり高いと思っていたので合格通知をいただいてたいへんうれしい。

改めて職業訓練を受けるメリットをまとめると、第一は、費用をほとんど負担することなくいろいろな勉強ができるということである。電気工事士やボイラー技士、危険物取扱者や消防設備士などなど、さまざまな資格を取るための知識・技能をほぼ無料で教えていただけるのである。受けるチャンスがあるのならば、受けなければ損なのである。

また、失業保険の観点からすると、職業訓練校に在籍している間は、月2回の求職活動実績という縛りがない。職業訓練を受けていること自体が求職活動とみなされるのである。また、月々のハローワーク訪問も免除され、訓練期間中に所定日数に達してしまっても、受講期間中はだまって失業保険(基本手当)がいただける。

逆に言うと、私のような希望者に対しては、余計に失業保険を払うことになるので、表だってダメとは言わないけれど選考で落とされるのではないかと思っていたのである。いい方に予想が外れた。国もたいへん太っ腹である。(ちなみに勤め先の倒産による失業の場合、私の条件だと330日が所定給付日数となるので、通っても通わなくても同じ)

もっとも、座学はともかく実習などやったことがなく、昔からハンダ付けもろくろくできなかったし、ラジオを作っても音は出なかった。そんな具合だから、ちゃんとできるかどうか不安ではある。とはいえ、優秀な成績で通過する必要はまったくなく、とりあえず講義に付いていければいいのだから気は楽である。
 
翌週の火曜日にハローワーク。合格通知書を見せて受講指示書をいただく。職業訓練は、雇用保険法第63条に定めるところの国が行う能力開発事業であるので、職業安定所長から私に対して、「職業訓練を受けることが適当であると認められるので、次の職業訓練を受けることを指示します」という文書が出る。これを受講指示書という。

何でそんなことを指示されなくちゃならないんだと思うけれども、この「指示」は、同条に定める「必要な助成を行うことができる」とセットになっている。つまり、建前としては、国が受講するよう指示するから、それに対する経済的な応援もしようということなのである。

ハローワークで、窓口に受講指示をいただきに来たと言うと「合格おめでとうございます」と挨拶される。次いで、書類の説明といろいろな注意である。

「入所説明会は指示された日時に行かないと合格が取り消されますので、忘れずに行ってください。当日持って行くものは、本日お渡しする受講指示書と合格通知書、雇用保険被保険者証のコピーです。それと、ポリテクセンターから送られている受講届の用紙に記入して、当日持って行ってください。」

「入校式の日は午前中で終わりますので、午後はこちらのハローワークに来て前日までの失業認定の手続きをしてください。その際、ポリテクセンターから提出した受講届を返してくれますので、こちらにお持ちになり、失業認定申告書と一緒に窓口に提出してください。入所前日までの基本手当の手続きをします。」

「受講中の雇用保険被保険者証はこちらでお預かりして手続きをします。ポリテクセンターから月初に受講状況の報告があり、それに基づいて手当を計算し、大体翌月の前半に支給されます。毎月の認定日に来所する必要はなくなりますが、就職活動日というのがあるはずですから、その際はこちらのハローワークに来ていただくことになります。」

就職活動日?そんなものがあるのか、と思ったけれども、なんにせよ初めて経験するルーティーンなので、いろいろ考えながらこなしていく他はないのであった。

入所説明会と入所式

1.6倍の競争率をなんとか突破して、6ヵ月の職業訓練を受けることになった。暮れも押し詰まった12月の最終週、入所説明会があるので、三たび、四街道のポリテクセンターに向かう。

説明会場は選考時と同じイベントホール。集まっていたのは1月入所の約120名。席が少し前になったので、選考時より若干減っているのだと思うが、見た感じそれほど変わらない。ちなみに、11月の訓練説明会からこの日までの交通費は出ない。次の入所式からは交通費が(後からではあるが)出る。

入所説明会だから、訓練のスケジュールや日課時限、準備すべき服装やテキストの説明があるのだと予想していたらさにあらずで、最初に書類の受け渡しがあった後は、1時間が失業保険関係の今後の手続きと書類について、次の1時間が厚生労働省推奨のジョブカードの説明であった。

失業保険関係については、この日提出した「公共職業訓練等受講届」に続いて「公共職業訓練等通所届」の用紙が渡され、記入方法の説明がある。じつはこの2つの届け出、用紙は同じで書く欄が違うだけである。前者が受講手当、後者が通所手当を受けるために必要となる書類ということである。

通所手当は、自家用車で通う場合と公共交通機関で通う場合とで計算の仕方が異なる。私は公共交通機関で通うことにしているが、その場合は使用する交通機関や支給上限が定められている。成田線沿線の場合は四街道からバスと指定されているので、これまで3回来たのと同じ経路である。もっとも、運賃の高いことで有名な北総線を使ったら、あっという間に上限額に達する。

通所届の次は、「受講証明書」の説明である。この証明書は実際には入所してから書いてポリテクセンターに提出することになるが、ここで、正当な理由があって指示した証明書を提出しない場合は理由のない欠席となり、失業保険関係の手当はいっさい出ない旨が説明された。つまり、土日祝日を除いて、病気にならない限り毎日出ろということである。

再就職に関連して人と会うこともあるかもしれないと思うのだが、その場合は「就職活動証明書」により、訪問先・担当者名・連絡電話番号・訪問先の確認印を付けて申告しなければならない。したがって、打診とか顔つなぎといった程度では欠席は認められない。予想していたとはいえ、かなり硬直的な制度である。

次の1時間は新・ジョブカードの説明。「文部科学省、厚生労働省、経済産業省はジョブカードの普及に取り組んでいます」だそうで、厚生労働省の作ったジョブカード総合サイトからフォームをダウンロードして、入所式までに作っておいてくださいという説明がある。内容をみると、これまでの職歴やらアピールできるポイント等、履歴書に書く内容がメインである。

まあ、失業手当をいただきながらの講習なのでやむを得ない面もあるが、書く内容はともかくとして、作ったエクセルは暗号化しましょう、とか、セル内で改行するには「Alt + Enter」とか、エクセルの操作にかなりの時間が割かれていたのは、受講生のパソコンスキルが平均してかなり低いことが予想されているのだろうか。

家に帰ってから奥さんに、「溶接や産業機械やる人もみんなエクセル打つんだろうか」と聞いたら、「いまは職人さんでもみんなiPad使ってるから大丈夫じゃないの」との答えだった。それはそうなんだけど、iPadにキーボードやプリンタはないし、みんながみんなエクセルできる必要もない。ものづくりの適性ってそういう事務能力とは対極にあるもののような気がするのだが。

年が明けて1月5日が入所式。この日は午前中に型どおりの入所式とオリエンテーションがあり、午後はそれぞれのハローワークに戻って手続き。失業認定日は繰り上がってこの日になり、前日までの失業手当が手続きされる。

「雇用保険被保険者証は訓練終了までこちらでお預かりします。手続きについては、ポリテクセンターで指示されますので、その指示に従ってください。昨日までの手当は来週くらいに振込になります。」いよいよ、これから半年の職業訓練が始まる。

自己負担はあっという間に4~5万円

入所式の翌日、1月6日からはさっそくフルタイムの訓練である。まず初めにオリエンテーションの続き。改めてセンター内の各施設について、使用する教室や実習室を中心に案内がある。訓練生ごとに個人ロッカーがあるのは、着替えが必要な訓練もあるので当り前ではあるが、その当り前のことをこの前まで勤めたバカ会社はやってなくて、個人ロッカーがなかったのだ。

教室に戻って、30名の訓練生それぞれが自己紹介を行う。私がいちばん年上かと思っていたら、すでに60歳という人がいて、私は2番目の年寄りだということが判明した。それぞれの自己紹介を聞いていたら、いろいろな経歴の人がいて、さまざまな事情があるということがよく分かる。こういう話を聞いているだけでも、いい経験になる。

自己紹介の後は役員決め。5人1組で班長を決め、班長の中からクラス長、副クラス長、会計、会計監査を決める。担任の先生から「特にやることはありませんから。会計は集金があるかな」と言われるけれども、できればやりたくない。そうなると、決定方法はじゃんけんである。クラス役員のほかにも、日直と掃除当番がある。仕方ないとはいえ、まるで学校である。

役員決めが終わると、さっそく今後のスケジュールについて説明がある。

「みなさん、この訓練6ヵ月で就職をめざしてもらう訳ですが、6ヵ月は短いです。あっという間に過ぎてしまいます。ですから、いまからお配りする就職支援票を週明けまでに作成していただいて、さっそく就職に向けて動き始めます。最初の2ヵ月でジョブカード、履歴書、職務経歴書を完成させ、個人情報を伏せた形で各企業に配布します。」

おお、6ヵ月は黙って勉強させてもらえると思ったのに、これではハローワーク以上にきつい縛りである。さすがに、お手当を基準以上いただくだけのことはある。でも、資格取得のための訓練はどうするの?と思っていると、

「早速ですが、2月21日の二級ボイラー技士試験、3月5日の危険物取扱者乙種4類の試験は受けてください。また、3月13日から15日のボイラー実技講習も受けてください。」

驚くべきことに、まだほとんど全員ずぶの素人なのに、来月にはもう試験を受けさせるというのであった。実技講習は試験に受かった人だけですか?と誰かが質問すると、

「実技講習は受けないと免許がもらえませんので、試験の合否にかかわらず受けてもらうことになります。その上で、履歴書には取得予定ということで書いてもらって結構です。」

「履歴書を作成したら、4月までに面接1社必須です。応募ではありませんよ。面接まで1社必ず行ってください。6月に訓練を終了して7月から就職というのが理想ですが、その前に就職して退所する方もいます。就職してからでも、資格取得の相談にはのりますので安心してください。」

もちろん、資格を取得してそれを足がかりに就職したいという人にとってはそういうことでいいのだけれど、まず資格の勉強をしようと思っていた私にとっては、かなり精神的に圧迫されるようである。

それはいいとして、試験を受けるのは半強制的なのであった。となると、受験料だけで1回5千円1万円と飛んでいく。ボイラーの実務講習に至っては2万円以上だ。その上に、交通費が1日2~3千円かかる。説明会ではテキスト代と作業服で1万円と少しが自己負担ということだったのだが、言われたとおりに試験や実務講習を受けるとあっという間に4~5万円必要になる。

もちろん、この訓練の目的のひとつは資格の取得だから、この費用はいずれ必要となる。とはいえ、訓練生は失業保険を受給中であるのだから、すぐに4~5万円を用意できる人ばかりではなかろう。そうでなくても、交通費や受講手当(1日500円、上限2万円)は後払いだから、資金繰りは非常に厳しいのである。

なんだか、考えていたのと違うなあと思ってこの日は帰途についたのだが、実際に訓練が始まってみると、別の意味でもハードなことが判明したのであった。

ポリテクセンター千葉。この歳になって、再び学校に通うようになるとは思いませんでした。


いきなりV=IRはきつい

連休が明けて、実質的な職業訓練の初日となった。オリエンテーションで渡されたスケジュール表によると、最初の講義は電気工事である。

「電気工事を担当します△△です。よろしくお願いします。まず初めに申し上げておかなければならないことは、この講義を受けて第二種電気工事士の資格取得を目指してもらう訳ですが、勉強しなければならない事項に対して、講義の時間が絶対的に足りないということです。ですから、スピードはかなり速いです。講義でよく分からなかったことはきちんと復習して付いてきてください。」

「この講義では、午前中に座学、午後に実習となります。食事が終わったら、1時に作業服に着替えて実習場に集まって下さい。それでは、今日はオームの法則、ハインリッヒの法則、合成抵抗についてやります。」

なんと、電圧、電流、抵抗の説明もなく、いきなりV=IRからのスタートである。電気について勉強したのは高校以来だから、半世紀を隔てている。頭の中で一生懸命思い出しながら、先生の話も聞いて追いかけなくてはならない。第一法則?第二法則?電圧が0?頭の中で必死に先生の説明を翻訳する。

「テキストにはいろいろな公式が書いてありますが、オームの法則とハインリッヒの法則を知っていればあとは展開できますから、その二つは覚えてください。抵抗の問題が出てきたら、直列・並列をそれぞれ整理して、大きな一つの抵抗にするとどうなるか考えること。直列はそれぞれの抵抗の和、並列の場合は和分の積です。このあたりは一番簡単なところです。」

話に付いていくだけで精一杯である。でも、四則演算と分数の計算くらいしか入所試験には出なかったのに、しかも1.6倍の競争率なのに、最初の講義からこのレベルというのは恐るべきことである。もっと難しい試験であればそのように心の準備もしていたのに、いきなり代数和とか言われても頭がすぐに回らないのであった。

なんとか講義に付いていければいいと思っていたけれど、これはかなり集中しないと置いて行かれてしまいそうだ。若い人だって、二十年もたっていきなりオームの法則と言われてもつらいものがあるだろう。「ほとんどの人は未経験者です」「中高年でも大丈夫です」のうたい文句はセールストークだったのかと不安になる。何をセールスするかは問題だが。

午後からは実習である。各自に工具箱と試験で使われる部品類のセットが用意されている。

「それでは、まずVVFケーブルの処理の仕方から始めます。一人だいたい2mずつ、VVFケーブルをカットしてください。」

「ランプレセプタクルに接続する場合。VVFケーブルの外装を5cmはがします。中から白い線、黒い線が出てきますが、そのビニールを心線被覆といいます。心線被覆を2cm残して銅線を出します。そうすると、銅線は何cm出ますか。5引く2で3cmですね。工具箱に入っている電工ナイフで作業します。必ず、ナイフの刃は下敷きのマットに向かって当てること。」

聞く言葉すべてが初めての単語である。そして、けっこうみなさん作業が早いのだが、私の場合工具など使ったことはほとんどない。ケーブルの被覆を剥いでいる間に、説明はどんどん先に進んでしまう。なんたって、電工ナイフを使うのは初めてなのであった。

「銅線を被覆から2mmのところで、ペンチを使って直角に折り曲げます。折り曲げた先を、さらに直角に折ってクランク状にします。その直角のところで、ペンチを使って銅線を切ります。少しだけ残りましたね。そこをつまんで丸めます。丸めてできた輪は、重なってもいけないし、3/4に達しないと試験でアウトになります。ネジが入りますので、必ず右巻きです。」

日曜大工さえほとんどやったことのない私には、難易度が高すぎる。そんな具合で午後の3時間はあっという間に過ぎた。帰りの電車の中ではもうくたくたで、会社の時には考えられないほど疲れて、寝そうになってしまったくらいである。

今の時代にボイラーを勉強する

電気工事の次の日はボイラーの授業である。今度は年配の講師の方が登場した。

「定年間際に石油関連の会社を退職しまして、ポリテクセンターでボイラーの講師をしております△△です。当時は周南市、千葉、北海道に勤めてきました。こちらに来て20年になるので、先生方はどんどん変わっているのに私だけがずっと残っています。」

おお、そろそろ80歳という大ベテラン。それでも、ずっと立ちっぱなしで1日講義である。私も現役当時、講師の時は立って話すことにしていた。慣れればその方が楽(声が出しやすいし)なのだけれど、お歳を考えれば大したものである。思うに、いまやボイラーを実際に扱っている人はあまり多くないので、後任の人材が不足しているのだろう。

「テキストの順序と違いますが、まず燃料・燃焼から説明します。ボイラー技士2級の試験は筆記のみで、構造から10問、取扱いから10問、燃料・燃焼から10問、法令から10問の合計40問出題されます。すべて5択で、合格点は60点。ただし部門ごとの最低点40点をクリアしなければなりません。」

「燃料には、固体燃料・液体燃料・気体燃料の3種類があります。かつては固体燃料、つまり石炭がボイラー燃料のほとんどで、蒸気機関車もあったくらいですが、現在は液体燃料である石油が中心です。液化石油ガスや液化天然ガスなどの気体燃料も最近増えてきました。他にも、サトウキビの搾りかすや古タイヤなどの燃料もありますが、あまり試験には出ません。」

こういう座学になるといままでのサラリーマン生活との違和感がほとんどない。思えば、学校を卒業してサラリーマンを始めて以来、さまざまな業界の方々とお付き合いしてきたが、いわゆる重厚長大産業とのお付き合いはなかった。その意味では新鮮である。C重油などは市況を見たことはあっても、実際にどういう油で何に使うのか知らなかったくらいである。

それにしても、ボイラーと言われての第一印象は、風呂を沸かすためのものだろうと思っていたくらいで、いまなら会社の寮とかせいぜい大規模ビルの空調しかないだろうというイメージだったのだけれど、講義を聞いてみてそうではないことが分かってきた。言ってみれば、ボイラーというのは産業革命以来の、人類が工業化という意味で積み上げてきたノウハウの蓄積だったのである。

考えてみれば、人類の歴史をさかのぼってみると、文明ができる最初の発明は「火」であった。人類は「火」を思い通りに取り扱うことによって暖をとり、夜も活動できる灯りを作り、調理することによって生のままでは食べられないものを食べることができるようになった。

そして、産業革命により、化石燃料(石炭)を燃やして動力に替えるという発明をして以降、製造業、運送業などがそれまでのものから大きく進展することになった。現代はコンピュータの時代と言われるが、コンピュータを動かしている電力の半分以上は火力発電であるから、いまだに産業革命以来の重工業の時代であると言えないこともない。

そして、例の原発にしたところで、その原理というのは蒸気機関とそれほど違うものではなく、原子力発電所もいわば大規模なボイラーなのである。半世紀前にはいろいろな場所にあったボイラーが、現在では目に触れるところにはほとんどなくなっているけれども、ボイラーを勉強するということは17世紀以降の人類の進歩を勉強することなのだ。

ボイラーの講義は2月一杯まで延べ18日間続く。ここで問題は、われわれが受験を奨励されている(半強制である)二級ボイラー技士免許の試験日は、2月の21日なのである。

だから、講義が始まると間もなく、過去4年間の問題集のコピーが配布された。試験準備は、それぞれが自分のペースで取りかかって下さいということである。そして、講義のペースは非常にゆったりしている。1ヵ月もしないうちに、講義のペースで勉強していては試験にはとても間に合わないということが分かってきた。

こういう場合には講師が気を利かせて講義のペースを調整するものだが、なんといっても齢八十近いおじいさんである。状況が変わったからといって今まで培ってきた講義のやり方を変えることはできない。仕方がないので、講義はよく分からないところだけ聞いて、それとは関係なく問題集を進めるということにせざるを得なかった。

そして、このおじいさん講師は18日間みっちりボイラーと危険物取扱いについて講義したにもかかわらず、残念ながら半強制の免許試験では落ちる人がちらほら出てしまうという結果となったのでありました。

ポリテクセンター6ヵ月コースの教材。1万数千円の自費負担。この他に、半強制の資格試験受験の受験料と交通費が必要になる。


[Mar 22, 2017]

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