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御岳山から日の出山[Jun 23, 2012]

標高300m級の養老渓谷に続いて、小学生でも楽勝といわれる大山でもバテてしまい、予想以上に体力が落ちていることが明らかになった。もうこれ以上失敗は許されないという訳で、代表的初心者レベルコースともいうべき御岳~日の出山ルートを歩いてみることにした。

このコースを最初に歩いたのは、四十年以上前の中学生のときである。その後も何度か行っており、子供を連れて歩いたこともある。もしここでバテてしまったら、今後の方向性を全面的に見直さなくてはならない。だから今回の最大のテーマは、「絶対にバテない」ことである。

今回の遠征にあたり、装備も見直した。26リットルとやや小振りのリュックサックを新調、所持品の軽量化を図った。食料は非常食(カロリーメイト)と行動食(ナッツ類)、凍らせたゼリー飲料だけにして、ちゃんとした昼ごはんは下山してから食べることにした。だから大きな持ち物は着替えと緊急用の雨具、水、コーヒーの入った水筒くらいで、おそらく6~7kgくらいだったと思う。

中央線で立川まで、そこから青梅線に乗り換えて奥多摩方面へ進む。昔と違って、きれいな電車である。御嶽(みたけ)で電車を下りて、バスでケーブル駅へ、さらにケーブルカーで御岳山に着いたのは9時過ぎであった。

梅雨で前日まで雨だったとはいえ、ここは人気のハイキングコースだったはずなのに、バスもケーブルカーも座れたし、歩き始めてもあまり人がいないのが気になった。御岳山は山岳信仰の盛んな土地で、山の上には多くの宿坊・旅館があるのだけれど、この分だとあまりお客さんは来ていないのかもしれない。

ケーブル駅から宿坊街を抜けて日の出山に向かう。昔と違ってそこら中に道案内があるが、読図の練習も兼ねて2万5千分の1地図と見比べながら進む。前の週に台風の大雨があったため、ぬかるんでいる所も多い。とはいえ、森の中の道はマイナスイオンがあふれている感じで、非常に気持ちがいい。アップダウンもほとんどなく、息も切れない。

唯一気になるのは、前後左右にほとんど人の姿がないことであった。大山に続いて、クマ除け鈴の登場である。何しろ奥多摩では、クマの目撃情報が絶えないのである。

山頂が近付いて上り階段となるが、とにかくバテないことが目標だからゆっくりゆっくり進む。少し汗をかいたかなという頃、進行方向に東雲山荘が見えた。この山荘は昔から日の出山直下にあって、ここまでくればもうすぐである。行程約1時間、コースタイム通りに山頂到着。今回は、全然疲れていない。なんだかうれしい。

フィトンチッドあふれるハイキングコース。この日は梅雨の合間の曇り空で、マイナスイオン満杯という感じでした。


東屋の建つ日の出山の山頂。四十年前と同じ景色でした。


疲れてはいなかったけれど、頂上ではコーヒーを飲んで30分ゆっくり休む。日の出山頂は標高902m。三角点のある山頂からは360度見渡すことができるが、曇り空のため展望は開けない。すぐ西側には、上ってきた御岳方面を見ることができる。さすがにここまで来ると、3、4組の先客がある。それでも昔と比べると全然空いている。

11時に再び歩き始める。以前はここから養沢鍾乳洞方面へ下りて行ったのだが、今回は「つるつる温泉」に向かう。ますますひと気がなくなり、道標には「クマ注意」の張り紙。下りでも4~5組とすれ違うくらいだったから、土曜日の奥多摩としては例外的に空いていたのか、あるいはクマのためだろうか。

このあたりの道はきれいに整備されていて、危険箇所もない。しかも得意の下りで、ともかく快調である。それでもバテないのが最大目標なので、ゆっくり進む。雨のせいで道に張り出している木の根っこや、岩の路面になっているところは結構すべる。台風のせいなのか、沢音がかなり大きく聞こえる。

日の出山直下は、昔はそれほど道標がなく、2万5千分の1地図でも結構道が込み入っているので、以前は間違えて違う方向に行ってしまうこともあった。いまでは分岐点に必ず道案内とクマ注意の張り紙、そして「つるつる温泉こちら→」の案内がある。道案内に沿って1時間ほど進むと、谷沿いで景色の開けた地点に出た。そこからもうひと下りすると、舗装道路になる。

「つるつる温泉」はそこからさらに10分ほど下り、やや登り返したところにある。もともと日の出町の町営施設だったようだが、現在はどうなのだろうか。pH9.9というアルカリ泉で、成分表をみると炭酸水素イオン、メタケイ酸イオン、ナトリウムイオンが多い。つるつるというよりぬるぬるで、アルカリ泉の多くがそうであるように美人の湯を謳っている。

ここでじっくりと温泉につかって足を揉みほぐす。いい気持ちである。温泉の後はビールを飲んでとろろ定食の昼ごはん。山の上で食べるのもおいしいのだが、荷物が重くなるのと虫が飛んでくるのが気になるので、こうやって落ち着いて食べるのもおいしい。なんといっても冷えたジョッキでビールが飲めるのは最高である。

こうして、今回の登山(?)は成功のうちに終わることとなった。こういう具合にうまく行くと、また次の山が楽しみである。バテるよりもバテない方がずっと楽だし。

この日の経過
ケーブルカー御岳 9:40
10:30 日の出山 11:00
12:30 つるつる温泉

[Jun 25, 2012]

「クマ注意」の張り紙。周囲に人がいないのでクマ除け鈴は必携です。


日の出つるつる温泉。pH9.9というアルカリ泉で、つるつるというよりぬるぬるします。ここでビール&とろろ定食で昼ごはん。


高水三山 [Jul 21,2012]

湯河原幕山がヘビに阻まれて途中撤退となったため、早々に他の山で調子を確かめなければならない。そうした中、夏休みに入ってすぐの土曜日は20度行くか行かないかで、夏とは思えない涼しい陽気。翌日の予報も同じような気候なので、急きょ山に向かうことにした。

選んだのは高水三山。こちらも初級者コースとして有名であり、JR青梅線の駅からすぐにスタートなのでアプローチもいい。また高低差が600mほどあり、大山で大バテした後の敗者復活戦としてもぴったりである。土曜日の夕方にばたばたと支度して、日曜朝からでかけたのでありました。

始発電車で最寄り駅を出発し、新宿を抜け立川を抜け、青梅線の軍畑(いくさばた)駅に着いたのは8時過ぎ。雨も降ってないしとても涼しい。同じようなことを考えているだろう中高年ハイカーが5、6人たむろしているのは、きっとここ集合で後続組を待っているのだろう。

最近はネットを調べると写真入りで登山ガイドが見られるので、とても便利である。しかし地図を読む練習もあるので、分岐点では25000分の1図と磁石を出して現在地を確認する。上り坂の舗装道路をゆっくりと登っていく。谷沿いを遡っていくと、右手に登山道入口の道案内がある。しばらくはコンクリの舗装道路で、お寺さんを過ぎた堰堤のあたりから、本格的な山道になる。

堰堤のあたりは雑草が伸び放題で「このコース大丈夫か?」と思ったが、しばらく進むと急坂の山道でこちらは整備された気持ちのいいコースである。途中4~5組に抜かれるものの、前回同様にバテないことが最大の眼目だから構わないのである。

さて、堰堤付近の谷筋から尾根筋に上がるところはで少々きつい思いをしたが、あとは比較的なだらかな坂が続く。駅からは雲の中に見えた山の中腹より上ではずっと霧の中で、展望は開けないものの涼しくて気持ちがいい。ネット情報によると、このコースは標高が低く夏は暑いのが難点と書いてあったが、この日はそんなことはなかった。

ところどころ小休止しつつ山頂近くまでくると、ここにも立派なお寺さんがある。参道も庫裏も大がかりで、とても登山道の先に造られたものとは思えない。地図をみると北の方から別のアプローチ道路があるようで、おそらくすぐ下まで車が入れるのであろう。

このお寺さんの裏を少し上がったところが高水山の頂上で、コースタイム1時間半のところ20分ほどオーバーして到着した。ここまて全然バテてないし、あとは縦走と下りだから楽勝と思っていたのだけれど、もちろんそんなことはなかったのである。

駅から30分歩いたあたり。ここはまだ序の口で、すぐに急坂の山道になります。行く手の雲の中が目的地。


上の写真からさらに1時間進んだあたり。山の上はずっと霧の中で、下から見ると雲の中になります。


高水山から下るところで、まず岩の急坂である。ところどころロープが張ってあるが、転んだら下が岩だからかなり痛いことになる。お寺まで戻って山腹を巻く道を行けばよかったと少し後悔するが(そういえば、私くらいの年齢の人はみんな戻っていたのだ)、何とか下までたどり着く。次の岩茸石(いわたけいし)山まで、しばらくは快適な尾根道が続く。

相変わらず周りは霧だが、2、30m先までは全く問題ないし、そもそも分岐点がほとんどない一本道なので迷いようがないのが安心できるところ。岩茸石山の頂上へ向かう道に入ると、再び岩の急坂になるが、ここも余力を残してクリアし山頂へ。北に展望が開けているのではあるが、やはり雲の中で景色は何も見えない。

この頂上793mが本日の最高地点である。出発した軍畑駅の標高がおよそ250mだから、500mほど登ってきたことになる。2ヵ月前に丹沢大山で大バテした標高差だが、それほど疲れたこともなくここまで来れたのは上出来。他にも何組かのパーティーが休んだりお弁当を食べたりしている。

高水山の登りではあまり人がいないのかと思ったくらいなのだけれど、それなりに人がいる。もしかすると御嶽駅から歩く逆回りの方がポピュラーなのかもしれない。全体のコースタイム4時間半のうち、約半分のここまで3時間かかっているのは仕方ない。ちょっぴり安心して後半戦に向かう。

下りの道は登りよりさらに急な岩の坂。加えて霧の湿気でつるつる滑るので両手も使って慎重に進まなければならない。ガイドブックにはよく初級コースと書いてあるのだが、私のような足下のおぼつかない中高年にはかなり厳しいところで、初級者コースであって初心者コースではないなあと思いながら下る。

高水三山の3つめ惣岳山(そうがくさん)まではなだらかなアップダウンが続く。そしてこのあたりで霧が雨になる。雨具を出すほどではないが、道がぬかるんでさらに滑りやすくなる。頂上まで100mの道標を右に入るが、ここの登りは岩茸石山の下り以上の急坂である。5分ほど登ったところで、ちょっとこれは危ないなと思って引き返す。

単独行ではともかくケガをしないことが第一である。25000分の1図をみると、ちょっと遠回りになるがいったん東側に頂上を巻いて、南側からのアプローチが登山道となっている。両手両足を使って慎重に下り、さきほどの分岐から左に進む。しばらく歩くと昔の水場のあたりで登山道に出た。石段を登っていくと、青謂(あおい)神社のある惣岳山頂上に着いた。

この神社は延喜式にも載っている歴史ある社であるが、いまや金網に囲まれているところをみると、常駐する神職はいないようである。ハイカー用に置かれた丸太に座って小休止する。ただし小雨がぱらつくのであまりゆっくりもできない。夏なのでホットコーヒーは持ってこなかったが、温かいものがほしいくらいの陽気である。

さて、最後の惣岳山でコースを迂回することにはなったものの、ここまであまり疲れずに歩くことができた。あとは下るだけだから今回は楽勝だなと思ったのだけれど、やはりそれは甘かった。

標高が下がる南向きの尾根筋なので下り坂が続くのと、雨のせいで滑るのである。一回は横向きに危ない角度で転んでしまい、なるべくお尻から落ちて受け身をとれるようにしないといけないなと反省。

それ以降も4、5回転んで、最後はコンクリ道に出たところで豪快に滑る。山登りのケガの多くは何でもないところで起こるというが、これは本当のことで、泥だらけの上に肘をすりむいてしまう。ようやく御嶽の駅に着いたのは2時過ぎ。コースタイム4時間半のところ約6時間かかってしまった。遅くなったのとケガが気になって、予定した日帰り温泉はパス。

今回の山は、最後の下りでかなり苦労することになってしまった。若い頃は登りで苦労したことはあっても下りは飛ぶように(?)進んだものだが、年とともに足腰の衰えは隠しようがない。とはいえ、少しずつ体力が戻ってきたことが確認できたので、今回の突発遠征はまずまずの出来といえそうである。

この日の経過
JR軍畑駅 8:15
8:45 高水山登山口 8:50
10:25 高水山 10:30
11:15 岩茸石山 11:30
12:15 惣岳山 12:30
14:15 JR御嶽駅

[Aug 15, 2012]

霧にけむる高水三山散策路。ここは岩茸石山登りの分岐あたり。この後で雨になって道がすべることに・・・。


惣岳山頂に建つ式内社・青謂神社。ひと気はありません。


日原林道から天祖山[Aug 17, 2012]

高水三山をまずまずのペースで歩いた後、どこに行こうか考えた。このところ奥多摩を歩いていてとても整備されているので、再び奥多摩にしようとは思ったのだけれど、結構いろいろな山がある。あまり人が多くなくて、できるだけ藪とかがなくて、と探していて見つけたのは日原奥の天祖山である。

普通の初級者コースには載っていない山で、数年前には滑落死亡事故も起こっている。とはいえ、その後危険地帯は整備されたようだし、例年8月1日に山開きがあり頂上の天祖神社に信者が登っていると奥多摩町のHPに書いてあるので、それなりに人の手が入っていると思われた。私が大変苦手としているのが、整備されていない登山道なのである。

心配なのは登山道入口から始まる急坂と、コースタイム3時間という長い道のりである。おそらくこのせいで初級者向けにはなっていないのだろう。そして、私について言えばコースタイムの5割増で考えなければならない。ただし頂上にはこだわらないし無理そうだったら引き返せばいいので、ともかく行ってみることにした。

家から始発電車に乗って、奥多摩駅に着いたのは8時過ぎ。駅を出たところにちょうど東日原行8時10分発のバスが止まっている。しかし、座席は一杯でしかも後からどんどん乗ってくる。WEB情報によると混むのは川苔山(かわのりやま)登山口まで15分ということだから、狭い車中を何とか耐える。

確かにそこで学生の団体が下りたけれども、まだまだ席は一杯である。終点の東日原まで乗った人も30人近くいた。身支度をする人たちで待合所のベンチが一杯になってしまったため、早々に出発する。時刻は8時40分、ここから登山口まで4kmほどの林道歩きである。日原川をはさんで対岸には巨岩・稲村岩が立ちはだかる。

ところどころで道が狭くなっていて、車のすれ違いが難しい箇所もある。以前に車で日原鍾乳洞まで来たことがあって、こんな道だっただろうかと思うけれど、ずいぶんと昔なので思い出せない。でも道幅が広くなってことはあっても狭くなることはないだろう。20分ほどで鍾乳洞との分岐、ここから日原林道に入る。

p>日原林道より奥に進むのは、石灰石鉱山の関係者の車と、雲取山への登山者がほとんどのようである。この日も私の前に2組8人の登山者と、歩いている途中に7、8台の車が通っただけであった。そして、私の行く天祖山に向かうのはせいぜい1日に2、3組で、入山から下山まで全く人と会わないことも珍しくないといわれている山なのである。

上り坂のせいもあって、登山口に着いたのは9時50分。45分のコースタイムに70分かかってしまったのは「コースタイム5割増しの法則」があるので仕方ない。ここから、どのWEB情報を見てもハードだとされている登山道に入る。何しろ、25000分の1地図をみても等高線が密集していて、特に最初の標高差150mを一気に登る導入部は辛そうだ。

東日原から西側を見る。電柱の向こうが稲村岩。随分遠くに見えるが、あの大岩を通り過ぎて目的地はさらに奥である。


林道日原線起点。ここは舗装道路ですが、1kmほど進むと砂利道に。


ハードと評判の導入部の急坂、下の写真のように林道とは明らかに勾配が違う。石垣を組んで斜面を斜めに進むようになっているので、本来の角度よりはゆるくなっているが、それでもきつい。おそらく何件か続いた滑落事故を受けて、登山道を整備したと思われる。うれしいのは、ひと気のない登山道にありがちな、雑草が伸び放題で足下が見えないということがないところ。

ただし、登りはいつまでも続く。汗が噴き出るので5分おきくらいにプラティパス(プラスチック水筒)のお世話になる。道幅50cmくらいなので、座って休むことが難しい。もっとも他に登っている人も見かけないので、道に座ったところで特に問題はなさそうだが(実際、帰りは雷雨のため道に座り込むこととなった)。

それにしても、山で飲むスポーツドリンクは最高においしい飲み物である。プラティパスに入れてそのまま凍らせてあるので、ぎんぎんに冷えた状態で飲むことができる。ただし、チューブの部分がぬるまってしまうため、冷たいのが出てくるまで飲んでしまうのが玉に傷。飲みすぎて途中で足りなくなるのだ。

30分で着くという急斜面を休み休み登って、ようやく「日原→ここから急斜面」の標識のある尾根にたどり着いたのは、登り始めて70分後であった。なぜかここで携帯が鳴る。こんな山奥は当然圏外だろうと思ったのだが、開けた尾根筋は何とか電波が届くらしい。奥さんからのメールで、「庭仕事してたけど、暑いからギブ」ということである。

こちらも相当に体力を消耗している。思わず「こっちもギブじゃー」と言いつつ座り込みたい衝動にかられるが、残念ながら平らな場所がない。5分くらい歩いたところに平らなところを見つけてお昼休みとする。ここまで林道+登山道合計で約2時間半、まあこのくらいが休む頃合いだろう。

奥さんに、「こちらも昼休み」とメール。とりあえずリュックを置き、ゼリー飲料を一気飲みする。水分と栄養が補給できたところで、用意したお昼を食する。ヤマザキのランチパック、缶コーヒー、そしてレトルトカレーである。温めないレトルトカレーなんて初めてだったが、それなりにおいしい。これは次回からレギュラーメンバーになりそうだ。

ようやく人心地がついて、周囲を見る余裕ができた。前評判どおり、誰にも会わない。そして、適当に場所を選んだ割には、カエデやブナなど広葉樹の木陰で涼しい。木々の間から北東の方向に向こう側の山が見える。地図で確認すると、孫惣谷(まごそだに)を挟んでウトウの頭と呼ばれるピークのようである。

しばらく休んでいるうちに、何とか歩けそうな気分になってきた(あとから時間を確認したら1時間近く休んでいた)。でも、このペースで登っていたら頂上に着くのは午後4時過ぎくらいになるだろうし、それだと下りる前に日が暮れる。とりあえず、次の目標地点である「水源巡視道分岐」を目指すことにした。熟練者なら、登山口から30分で着くはずの場所である。

天祖山登山口。左に見えるのは林道。ここまで林道歩き70分。ここから急こう配の登山道になる。


再び歩き始める。勾配はかなりゆるやかになって、気持ちいい山道である。心配していた虫もあまりいない。雑草が茂っていることもない。広葉樹の木陰で木漏れ日の中を進む。下は落ち葉が一杯だが、要所には細かい砂利石を敷いてあるので迷うことはない。想定していたように、最近人の手が入っているのかもしれない。

15分ほど進む間に、2つの道標を通り過ぎる。道が濡れているのは「一杯水」という地点らしいが、集めて飲めるほどの水量ではない。勾配が少しきつくなったがどんどん登っていくと、目標の「水源巡視道分岐」に着いた。休憩地点から20分ほど。登山道から通算では1時間半。コースタイムでは30分なのに。

そういえば、中学高校の頃、年に何回か体育の時間に1500mのタイム測定があって、みんなは5分ほどでゴールできるところを、いつも7、8分かかっていたことを思い出す。その後30過ぎてからマラソンに凝った時に、大会では10kmを1時間くらいで走れたから、1500も10kmもほとんど同じペースで走っていたことになる。

このあたりで、この日唯一の登山者に出会う。あちらの方も単独である。足早に下りてきたのは、さきほどから空がごろごろ鳴っているためだろう。それほど暗くなっていないし雷は遠いのだが、そろそろ引き上げ時かもしれない。できれば廃屋の神社「大日天神」まで行けたらと思っていたが、見上げるとまだまだ登りが続くようだ。

高度計を持っていないので標高は不明ながら、1/25000地図から推定すると1200mあたりまでは登ってきているようだ。東日原がだいたい600mくらいなので、ほぼ600mの標高差。もう少し登りたかったが、頂上は1700mだからずっと遠く。それに雷が鳴っているのでは仕方がない。12時40分、潔く撤退を決断。

下りにかかってすぐ、雷が急に近づいて、雨も降りだした。広葉樹林の葉にさえぎられて雨具を使うほどではないが、急ぎ足で下る。しかし導入部の急勾配にかかり、頭上を覆っていた木の葉が少なくなったあたりで、いよいよ本格的に降られてしまった。

ちょうど大きな岩の下で雨が当たらない場所があったので、20分ほど待機する。木々の間から日差しが見える天気雨なので、そんなに長くは続かないだろうと思ったのである。

(ちなみに、先ほどすれ違った人は「ヤマレコ」に記録を残していて、この時林道まで下りていて土砂降りに逢ってしまったそうだ。それにしても、私が1時間かかって下りたところを30分かからないで下山してしまうのだからすごい。)

待機している間にレインジャケットを着け、急勾配を下っていく。下りはつま先から前傾姿勢で下りるのが鉄則なので、それを練習するのも今回の目的である。雨ですべる所もあるので、注意して下りる。それでも登りよりは大分と時間を短縮できて、約2時間かけて登ったところを1時間で登山口まで戻ることができた。

その後は再び林道を東日原まで1時間歩く。雨はいったん止んでいたけれど、この後1時間くらいで再び降り出し、今度は夜まで続く本降りとなった。日帰り温泉の露天風呂から空を走る稲光を見ながら、また近いうちに来てみようと思った。

この日の経過
東日原バス停 8:40
9:50 登山口 9:50
11:15 ハタゴヤ(昼食) 12:15
12:45 水源巡視道分岐 12:45
13:10 雨宿り(大岩の下) 13:30
13:50 登山口 13:55
14:50 東日原バス停

[Sep 3, 2012]

水源巡視道の分岐。ここを左に進むと登山道ではなくなるとのことです。


この日の最高到達点付近。地面が傾いているのはカメラが傾いているのではなく、急こう配になっているのです。


天祖山再挑戦 [Oct 13,2012]

10月の第二週、週末の天気がよさそうだったので山に行くことにした。狙うのは8月に途中で雷雨となり撤退した天祖山。歩き出しの東日原から山頂までの標高差は約1000m、日帰りの限界である。朝一番のバスに乗るため、青梅に泊まって始発で奥多摩駅に到着。東日原までのバスは、先日と違って半分くらいの人数。さすがにこの時間に奥多摩に来れる人はあまりいないのであろう。

週末のバス終点となる東日原から林道を歩いて、登山道入口に着いたのは7時45分。前回はすぐに登り始めたのも大バテの原因だったように思うので、意識してゆっくりと身支度する。スタートは8時過ぎ。ところが導入部の急坂を難なくクリアし、緩やかな尾根道まで前回1時間10分かかっていた登りを30分で着いてしまった。

コースに慣れたせいなのか、あるいはここ数ヵ月で何回も山登りをしているからか。とにかく急激に時間を短縮できているのはうれしい。予定どおりここでいったん休憩した後、再び登る。基本的に、ずっと急傾斜が続く。

前回、雷雨のため途中撤退した地点を過ぎると、次の目標になる水道局のロボット水量計は、ほんとにすぐ上だった。ここまで休憩時間を除いてほぼ1時間。驚くべきことに、ほとんどコースタイムで来ている。水量計の地点は、南向きに林を切り開いてあり、太陽光発電のパネルが向こう側の稜線に向かっている。方向的に、鷹ノ巣山のあたりと思われる。

このコースで緩やかな傾斜なのは、尾根道に上がってすぐ(950m付近)、水量計から大日大神のあたり(1100m付近)、1350m、1400mの鞍部の計4ヵ所くらいで、あとはほとんど急傾斜である。しかも、広葉樹林なので落ち葉が多くて登山道が分かりにくい。とはいえ、尾根を上に向かえば大丈夫のはずだ。

ところどころに置かれている水道局の標識、古い登山道のため昔から敷かれているであろう細かい石を目安にする。一定間隔で幹や枝に巻かれている赤テープもうれしい。ただし、ところどころ倒木で道がふさがっていたり、どうにも赤テープが見つからずとりあえず上に進んでみるなんてことも多かった。

息を切らして急坂を登り、赤テープの幹をつかみながら次のコースを探すことをくり返す。このインターバルがちょうどいい小休憩になったようで、8時半、10時半の2度の休憩をはさんで、11時45分には山頂直下の天祖神社会所まで着いた。休憩時間を除くと登山口から3時間半くらい、ほとんどコースタイムでクリアしてしまった。

会所前の広場に荷物を置いて、空身で少し先にある山頂へ。山頂には1723mの標識があり、天祖神社の本殿がある。本殿を裏に抜けると長沢山に向かう長沢背稜の登山道になるが、私の実力では1日で戻れないことになるから、会所に戻って昼ごはんにする。風もなく、いい天気で、絶好の山登り日和である。

前回最高到達地点のすぐ上にあった水道局設置のロボット水量計。南向きの平坦地を切り開いているので、だいたい標高1100mくらい。向こうに見えるのはおそらく鷹ノ巣山。


1500mあたりから、尾根は石灰岩の露岩になります。ちょっと見えにくいですが、木の根元は岩。


さて、奥多摩の中で天祖山を選んだのは、あまり人が来ないということもあるが、山頂に天祖神社の置かれている山ということもある。そしてこの神社、WEB等をみるとほとんどメンテナンスされていないようなのだ。

天祖神社が開かれたのは明治時代初め。天学教会の創始者である服部国光師が当時の白石山、現在の天祖山に百日間の山籠もりの後、天啓を受けて開山したものである。最盛期には信者十数万といわれるが、現在はHPも開かれていない。敗戦による国家神道の衰退が一因とされるが、しぶとく生き残っている新宗教も多いので、それだけではなさそうだ。

横浜市青葉区、たまプラーザの近くに千坪にのぼる教祖の大邸宅があるという。地価は大変なものになるだろうが、WEB情報では建物は古びており、天祖山の状況と似ているのかもしれない。

標高1100mにある大日大神(大日天神と表記している資料もある)も天祖神社の支社と思われる。こちらは標高が低い分荒廃の度がひどい。周辺には神社の中にあった備品が壊れたのか綿の破片が散乱しており、扉はこわれるか開けっ放し、中にはゴミが積まれている。もともと荒れていたのか、避難した人がきちんと片付けなかったのか。

奥の扉の向こう側にはご神体と思われる鏡が覗いている。おそれ多いことである。個人的に霊感もないしパワースポットも信じないのであるが、かつて多くの人が拝んだであろうご神体が打ち捨てられているのを見るのは、信仰心とは別に心が痛むものである。この建物の屋根には巨大な倒木が2本のしかかっている。今後メンテナンスされる可能性はおそらくないのであろう。

これに対し、山頂直下にある会所(宿泊施設)は、それほど傷みはひどくない。樋から天水を貯蔵するドラム缶の設備などをみると、何年も使っていないという感じではない。あるいは、毎年8月に行われる山開きの際に、手入れしているのかもしれない。ただし、「一般(登山者)の使用はご遠慮ください」と書かれている。

山頂には本丸ともいうべき天祖神社が置かれている。ここで驚いたのは、ヤマレコの8月あたりの記事では閂で閉じられていた門が開け放たれていたことである。閉めようと思ったのだが、閂が見当たらないし、ちょうど扉が動くあたりに何かの木の枝が伸びているので、そのままにしておく。

柵の外からみるとまだまだ頑丈に見える神社も、近くで見るとかなり傷みが目立つ。突風とか何かのはずみで本殿の扉が開いてしまうと、あとは大日大神への道をまっしぐらであろう。

「天祖」「大日大神」「国光」といったネーミングから推測すると、天学教会の宗旨は宇宙の原理を理解し人としての正しい生き方を目指していくというものであったろうと思われる。そこに教祖のカリスマ性、神がかり的な能力、庶民のアニミズム的な自然崇拝の風土といった要因がプラスされて、この深山にこれだけの宗教施設を建てることができたのであろう。

その意味では、同じ奥多摩の御岳山も、丹沢大山も似た要素で成長してきたと思われる。いまや観光名所でしかない丹沢・塔の岳も、かつては尊仏岩があり信仰を集めていたという。このように日本人のアニミズムは非常に古く根強いものであったのだが、現世利益的な傾向を強める現代の流れの中、いまや朽ち果てようとしているのだろうか。

天祖山頂上1723mに建つ、天祖神社。このままでは1100m大日天神の途をたどるのか?


頂上直下1700m付近に建つ天祖神社会所。こちらはしっかりしていて、ぽっかりと日当たりのいいところです。


話は変わってこの天祖山、ガイドブックにほとんど載っていないなど、人気のない山である。

実際にこの土曜日、私以外に登ったのを確認できたのは3人だけ(1人は抜かれ、2人はすれ違った)。不人気の要因は、登頂に時間がかかること、日帰りの場合、往路を引き返す以外にルートがないことであるが、もう一つ言われているのは、ほとんど展望が開けず延々と登り坂が続くということである。

時間がかかるというのは、基本的にどうしようもない。人気のある雲取山でも、よく登られるのはほとんど鴨沢、石尾根など奥多摩湖側からとか、三条の湯経由、あるいは秩父側からで、長沢背稜より東からというのはそれほどポビュラーではない。まして天祖山周辺の林道・登山道には、崩落のため使用不能というところが少なくないのである。

一方で、登りにくく景色もよくないという評判については、そんなことはないというのが正直な感想である。確かに広々とした展望台などはないのだけれど、木々の間から見え隠れする鷹ノ巣山から日陰名栗峰、七ツ石山にかけての稜線や、北側ウトウの頭を中心とするタワ尾根の展望は、独り占めするのが惜しいほどである。

登りはたしかに傾斜がきついが、落ち葉で不鮮明な踏み跡を追いかけていくのは楽しい。基本的に危険個所はないように思うが、雨上がりであれば下りがさらにすべりやすくなると思われる。かつて死亡事故があった急斜面にはテープが張られているし、登山道自体を改修しているようだ。

また、昼食休憩をとった会所前は南への展望が開けていて気持ちがいい。石尾根の向こうに富士山が見えたのはうれしかった。おそらくこの会所も、富士山を望むため林を切り開いたに違いない。一方で山頂の神社裏の広場はなるほど日が当たらない。休憩場所としては会所前の方がかなり点数が高い。一度上がってしまうと戻るのが面倒だが。

富士山を見ながら日当たりのいい斜面でのんびりしていたら、あっという間に1時になり撤収。東日原を4時15分すぎのバスに乗るために相当飛ばしたので、2回転んでしまった。1回は下の岩にまともに膝下をぶつけたのだが、この日から新調した新兵器、CW-X(ワコール製なんですね、これが)の効果で、幸いなことに痛かったけどケガはなかった。

登山道入り口まで、ほぼノンストップで2時間半、そこから45分で東日原。柄にもなくコースタイムでがんばってしまったため、3~4日は太もも前とふくらはぎが痛くて仕方ありませんでした。

この日の経過
東日原バス停 6:55
7:45 登山口 8:00
8:35 ハタゴヤ付近(朝食) 8:55
9:30 ロボット雨量計 9:35
10:30 1450m付近 10:40
11:45 会所前(昼食)空身で山頂往復 12:55
14:27 ロボット雨量計 14:30
15:25 登山口 15:25
16:10 東日原バス停

[Nov 7, 2012]

会所前から南方向。はっきり写っていないのが残念ですが、富士山も見えていました。


頂上天祖神社裏の広場。なるほどこちらは日当たりが良くないですが、長沢背稜に向かう人は会所前まで戻る気しないだろうなあ。


川苔山 [Nov 10,2012]

紅葉も見ごろの11月中旬、次の目的地は川苔山(かわのりやま)である。ここは奥多摩でも非常に人気のある山で、土曜日に行ったので山頂付近はすごい人だった。これまでどちらかというとひと気のない山を選んで登っていたのだけれど、前々から興味があった山なので今回行ってみることにしたのである。

どこに興味があったかというと、鳩ノ巣から川苔山に登る途中に、いまは廃村となってしまった峰という集落があったのである。数年前まで廃屋が残っていて、廃墟ファンの人気スポットとなっていたのだけれど、現在ではすべて倒壊してしまったという。明治時代に、当時帝国大学の学生であった後の民俗学の巨匠・柳田国男が訪れた村でもある。

早起きして電車に乗ったのだけれど、立川に着くころには7時を回り、青梅線はリュックを持った人でラッシュ状態であった。駅がある鳩ノ巣から、峰集落のあった場所までは標高差が約300mある。その山道を峰の小学生は毎日登り下りしていたという。その山を登りながら、かつての集落に思いをはせようというプランである。

鳩ノ巣駅から棚沢という集落の急坂を登っていき、住宅がなくなったあたりから登山道が始まる。山の中腹を巻く比較的なだらかな登り坂で、左側の谷には防護ネットが張られている。よく使われる登山道だからであろう。なだらかではあるのだが、結構距離がある。30分登っても40分登っても、同じような山道が続く。

小学校でも高学年になれば、体力もあるので走って通うことも可能かもしれないが、低学年の子にとっては長くてつらい道だったかもしれない。あるいは、慣れていれば大したことはなかったのかもしれない。私の小学校の頃でも、1時間くらいかかって通ってきた子供たちはいた。もっとも、山道ではないが。

子供たちは何を考えていたのだろう。学校の行き帰りだけで大変だと思っていたのだろうか。それとも、授業を受けるのも山道を歩くのも自分の時間を取られるのは同じだから大して気にもしていなかったのだろうか。少なくとも、勉強よりは山道歩く方が好きという子供もいたことは間違いなさそうだ。

歩き始めて50分くらいで、急に行く手の尾根が明るくなる。大根山の神の祠がある場所で、そこには逆側から砂利道の林道が上がってきていて、駐車場に何台かの車が止まっている。ちょっと開けた場所になっているので、ここで休憩しているグループもいた。登山道はここから、川苔山のコースと本仁田山(ほにたやま)に向かうコースが分かれる。

廃村となった峰に向かう道も、ここから分かれていたらしい。WEBを見ると、林道ができる前の分岐の写真も残っているのだが、林道工事でそのあたりも崩してしまったようである。峰集落跡はここから15分ほど先で、林の中をトラバースしていくと昔の道に出るらしいが、時間的にそれほど余裕がある訳でもないので今日のところは上へ向かう。

山の神の先2~3kmくらいは、標高700mほどの比較的平坦な道が続く。3本ほど水のない谷を越えた後、いよいよ川苔山に向かう登りとなる。とはいえ、最近登っている天祖山や燧ヶ岳に比べると、それほどではない。登山客が多いのですれ違ったり抜かれたりするのに時間がかかるが、マイペースでゆっくり登ればそれほどバテることもない。

紅葉をみたり落ち葉で埋まった尾根道でゆっくり行ったりした割には、山頂到着は12時20分過ぎ。コースタイムをやや上回るくらいでクリアできたのは、このところの訓練の効果なのだろうか。ちょっとうれしくなった。

鳩ノ巣から標高で300mほど上がると、大根山の神の祠に着く。このすぐ左側は林道駐車場になっていて、かなり開けてしまっている。


登山道の途中からみた川苔山。紅葉はやや終わりかけで、登山道は落ち葉で一杯でした。



川苔山に人気があるのは、展望がすばらしいこととアプローチがしやすいこと、加えていろいろな登山道があることである。その意味では、以前に登った天祖山とは好対照ともいえる。私の登った鳩ノ巣ルートは下りに使われることが多い登山道で、どちらかというと奥多摩方面から百尋の滝経由というのがガイドブックによく載っている登り方である。

山頂付近は満員で、どのアングルから写真を撮っても人が入らないことはない。歩く所にお昼を広げている人もいて、おそらく山頂には百人を優に上回る人がいただろう。この山はどうルートをとっても登って下りるまで5~6時間はかかるし、途中にトイレがないという不便(というのも何だが)があるのに、それでも人気があるというのは大したものである。

人が集まるだけのことはあって、山頂からの展望はすばらしい。西には奥多摩の山々がくっきりと見渡せる。いちばん奥の高い山は雲取山。その手前に見えているのが、前回登った天祖山である。雲取山から稜線を南にたどると、遠くに雪をかぶった富士山が見える。しかし、見ている足下でみんなお昼にしているので、食べている目の前でずっと立っている訳にもいかない。

頂上近くは人が多すぎるので、少し下りたあたりでレジャーシートを敷いてお昼にする。今回のお昼はバターロールにジャムとマーガリン、そのまま食べられるレトルトカレーとインスタントのカフェオレ。何回か山登りするうちに、そんなにたくさん食べなくても大丈夫だと分かってきて、分量的には行動食と非常食の方が多い。

1時になったので行動再開。古里駅に下る赤杭(あかぐな)尾根の予定である。頂上直下からいきなり急坂で面食らったが、しばらくすると緩やかな尾根道となった。両側を紅葉に挟まれ、はるか遠く、新宿新都心あたりまで見晴らせるすばらしい展望である。最初は自分ひとりしかいなくて静かだし景色もいいし最高だったのだが、やはり人気のある山なので、途中二十人近くに抜かれた。

尾根を1時間半ほど下ると、登山道はいきなり林道に出てここをしばらく歩く。このまま古里まで行くのかなと思ったけれどさすがにそんなことはなく、再び登山道になる。赤杭山に午後3時。三角点のみで林の中の山頂である。まだ標高は923m、2時間かかって400mくらいしか下りていない。残り600m、ちょっとあせる。

心持ち急いで、古里と川井の分岐点、標高700m付近に着いたのは3時50分。もう日は西に傾いている。ここの分岐を川井に向かった方が地図上では古里に行くにも近いのだけれど、同じ標高差を短距離で下るということは勾配が急ということである。それが疲れた下りできついのは、高水三山の時に経験済である。安全策をとって、標識にしたがって西側の古里直行ルートをとる。

ここからはぐんぐん標高を下げるが、歩いているうちに、いよいよ日が暮れてしまった。森の中に入ってしまうと足下が暗い。常備しているヘッドランプの初登場である。LEDライトは明るいし、とにかく安心である。ちょっと驚いたのは、この頃になってさらに十何人が下りてきたこと。途中、赤杭山のあたりでは、前にも後ろにも人影が見えなかったのに。

結局、古里駅に着いたのは5時10分前。次の電車は5時25分で、30分以上の待ち時間になってしまった。遅くなったけれど、予定通り河辺で下りて日帰り温泉で着替えて汗を流す。この日は約8時間の行動中、一度も転ばなかった。ほとんど初めてのことである。

帰りの電車もそれほど辛くなかったので、これは体力が付いたと喜んでいたら、翌朝には寝ていられないくらい太ももとふくらはぎが痛んだ。やっぱり、この歳になって体力が向上することはないのである。標高差1000mというのが、現在のところ翌朝痛むか痛まないかの境目となっているようだ。

この日の経過
JR鳩ノ巣駅 8:45
9:37 大根山の神 9:40
10:45 標高853m付近 11:00
12:20 川苔山(昼食) 13:00
13:30 狼住所(おおかみずんど) 13:33
14:35 林道合流地 14:35
14:55 赤杭山 15:05
15:50 古里川井分岐 16:00
16:50 JR古里駅

[Nov 21, 2012]

川苔山頂から奥多摩の山々。山頂付近には100人以上の人がいて、景色をみたりお昼を食べたりしていました。


赤杭(あかぐな)尾根を下りるなだらかな尾根道。景色はいいのですが、北風がまともに当たって寒いのと、やたらと長いのが大変でした。


鷹ノ巣山のつもりが奥集落 [Nov 24,2012]

   
この図表はカシミール3Dにより作成しています。

秋の山もそろそろ終盤。加えて、来週から出張が続くのであまり自由がきかない。勤労感謝の日から始まる3連休が最後のチャンスであるが、初日は雨の予報である。翌日の土曜日は何とか晴れそうなので、急きょ奥多摩に行くことにした。今回の目的地は鷹ノ巣山である。

前回の川苔山には廃村・峰集落があったのだが、鷹ノ巣山には現代の秘境・奥集落がある。この山もいろいろのアプローチが可能であり、せっかくなので奥集落を経て浅間尾根から鷹ノ巣山避難小屋経由というルートを選ぶ。WEBをみると7:55峰谷行のバスで行くのが一般的なのだが、家からは始発で出てもこのバスには間に合わない。

仕方がないので、次の鴨沢西行8:35で峰谷橋まで行き、峰谷まで歩くことにした。WEBには、峰谷橋→峰谷が30分、峰谷→奥が30分とあったので、10時過ぎには登山口に着けるだろうという見込みであった。後から、下調べの不十分さをいたく後悔することになる。

奥多摩着8:30の電車は超満員で、改札までなかなか進まない。前の電車から40分ほど間隔が空くためである。休日くらいはもう少し走らせてもいいのに、JRもお役所だから仕方がない。一方で西東京バスは営利企業なのでフットワークが軽い。8:35鴨沢西行のバスは増便2台の計3台が奥多摩駅を出発した。

おかげさまで、30分立つことを覚悟していたのに、3台目に座って行くことができた。私以外のほとんどの人は大きなリュックを持ち、終点まで行くようであった。今日は雲取山でテント泊なのであろう。峰谷橋で下りたのは私一人。東日原よりかなりきれいな休憩所とトイレがある。おそらく、すぐそばに建っている小河内振興財団がきちんと管理していると思われる。

小河内振興財団という名前から、おそらくダム建設時に東京都(戦前だから東京府か)と地域住民との折衝窓口として設立され、住民の立ち退きやら移転の世話、補償などをしていて、現在は奥多摩地区の観光事業をやっているのだろうと見当をつけたのだが、帰って調べてみるとその通りであった。峰谷へは、この小河内振興財団の前の道を入っていく。午前9時20分スタート。

左側に峰谷川を見ながら進む。最初はほとんど勾配はない。向こう岸は土の段々になっているので、満水時にはここまで水位が上がるものと思われたが、いまは広い砂の河原となっている。しばらくして左にゆるくカーブするあたりから、徐々に高度を上げていく。とはいえ、下は舗装道路なので速く歩くことができる。

小河内小中学校までかなり歩いたような気がしたので、バス停で停留所の表示をみてみると、まだこの先に3つか4つバス停がある。この分だと30分で着くのはは難しいと思っていたら、結局峰谷バス停まで40分かかった。ここまで来ると、はるか山の上に奥集落らしきいくつかの屋根が見える。ただし、あと30分で着くとはとても思えない。

峰谷橋バス停から峰谷方面への分岐。この後が長かった。ちなみに、ここは休憩場所やトイレがあります。


バス停終点の峰谷付近から。向こうの電柱の上の方にちらっと奥集落が見える。とても30分で着けそうではない。


峰谷から奥集落まで、地図上ではショートカットの登山道があるはずなのだが案内表示がなく、そのまま車道を歩くことになった。川沿いを歩いている間はよかったが、山道に入ると大回りしながら標高を上げていくので、大分と距離を要する。ずっと時計を見ていた訳ではないけれども、途中で30分では無理だと気がついた。

しかし、車道を行って30分で着かないものが、山道をショートカットして30分で済むと考えるのも早計である。標高差は同じ約250m、距離が短ければ急坂に決まっているのである。途中でいったんリュックを下して地図を確認し、ひと休み。結局、奥集落の一番低い家のあたりに達したのは、峰谷から1時間登ってからであった。

景色は素晴らしい。南方向に開けた斜面に点在する集落で、戸数は二十軒くらいあるのだろうか。はるか下にいま通ってきた峰谷と、峰谷から西に登ったあたりに峰集落(川苔山のとは別。このあたりではよくある地名である。)を望む。左手には鷹ノ巣山から榧(かや)ノ木山、倉戸山に至る稜線が、緑、黄、赤、茶色に染め分けられている。

こうした標高の高い場所に集落が残っているのは、小河内ダムができるまではもっと大きな村で、水没から逃れたここが例外的に残ったという要因もある。よく見ると規模の大きな住宅が多く、建物もしっかりしている。あるいは水没地の人達の代替え地だったのだろうか。

集落内にはコンビニはおろか、商店も自動販売機も見当たらない。もっとも1時間下にある峰谷でさえ、ます釣り場が1つと商店が1つしかないので(自動販売機はいくつかあった)、そんなものかもしれない。人が住んでいる様子がない住宅もないではないが、むしろおじいさんおばあさんが庭に出て作業をしている家が多い。

本で読んだのだが(金副隊長の山岳救助日誌)、以前日陰名栗峰で雪で遭難者があった時に、発見した人がここまで急いで下りてきたということであり、またWEBでは、ヒトよりサルの多い地域とも書いてあったので、もっとさびれた村を予想していたのだが、そんなことはない明るくて伸び伸びとした集落であった。

何と言っても東京都だし、道路もしっかりしていて郵便も来れば緊急車両の通行にも問題はなく、住む人がいる限りはあり続ける集落なのだろう。かつては林業や炭焼きで生計を立てていた地域と思われるが、いまや木材も燃料もそれほど需要はない。結果として新しい人が入ってこない。だからいつまで住む人がいるのかが問題である。

さて、写真を撮りつつ上がってくると、集落の一番上あたりで舗装もなくなり、砂利道となった。そのあたりに何台か車が止まっていて、鷹ノ巣山登山口がある。ちょうど紅葉がみごとなあたりから登山道に入り急勾配が始まるのだが、もう11時になってしまった。

奥集落の最上部。案に相違して庭で作業をしている人もいるし、電気工事中で一部の道路が通行止めでした。後方は榧(かや)ノ木山あたりの稜線。


鷹ノ巣山登山口。紅葉が見事でした。


さて、ようやく登山道に入ったものの、ここまで2時間近くの車道上りで少々疲れ気味である。それほど急勾配でもないはずなのに、息切れして足があまり上がらない。10分くらいで着くはずの神社まで行くのに、かなり難儀してしまう。

神社に入っても、鳥居から社殿までの登りが苦しい。苦しい時は歩幅を小さくしてゆっくり歩くのが鉄則と言われるが、そうしても苦しいのは変わらない。社殿を過ぎて倒木のベンチで一息ついてゼリー飲料をとる。そういえばここまできちんと休んでいなかった。

登山道であれば、少なくとも1時間ごとに小休止するように心がけているのだけれど、舗装道路では休むところがないし、歩きも楽なのでそのまま歩いてしまう。とはいえ標高差が400mくらいあったのだから、体の方はそれだけ疲れているのである。

小休止の後、再び登りにかかるが、息がきれるのは相変わらずである。なかなか足が前に進まない。足下は落ち葉がガレ場の上に積もっていて、強く踏み込むと時々浮いた石を踏んでしまう。木の根が地面から出ているところも多く、安定しない。考えていたよりも、かなり難しい道である。

加えて、登山口まで予想以上に時間がかかったため、もう正午過ぎである。日が暮れるのが早い上に帰りの歩きも当初計画より多く見こまなければならず、このペースでは鷹ノ巣山はおろか、浅間尾根から石尾根に出たところにある避難小屋まで着くのも難しそうだ。

あおむけになって寝転ぶと、落葉したカラマツがなんともいえない風情である(下の写真)。登山道のすぐ脇の場所なのだが、単独の人がひとり通っただけで他には誰もいない。聞こえるのは鳥の声だけである。午後1時になり、ちょっと寒くなったので出発。

体力も回復したのであと少し登ってみようと思い15分ほど登ったのだけれど、同じような急坂が続くばかりなので断念する。前に天祖山に行ったとき最終到達地点がはっきりしなかったので、今回は秘密兵器GPSを使って緯度経度を登録する。帰って調べると標高1299mが最高到達点であった。

鷹ノ巣山は1736m、避難小屋は1570mくらいなので、あと1時間くらいで避難小屋、プラス30分で山頂まで行けたのではないかと思う。登っている途中でもあと1時間くらいだとは思っていたのだけれど、秋は日が暮れるのが早い。1時を過ぎたら撤収という判断は中高年の単独行としては妥当だっただろう。

今回の反省点としては、急に決めたこともあって下調べが十分ではなかったことで、後から調べたら奥集落までのショートカットでかなり時間を短縮できたようである。ただそれでも、30分で峰谷バス停から登山口まで到達するのは、私には難しいようである。

いずれにせよこの山は車を使わない限り日帰りは困難ということがよく分かった。反面、約800mの標高差を登り下りしたにもかかわらず、足の筋肉がそれほど痛くはならなかったのは収穫であった。

この日の経過
峰谷橋バス停 9:20
10:00 峰谷 10:00
11:00 奥集落 11:00
11:10 登山口 11:15
12:20 1200m付近(昼食) 13:00
13:20 最高到達点(1299m) 13:20
14:00 登山口 14:00
15:05 峰谷 15:10
15:45 峰谷橋バス停

[Dec 2, 2012]

結構な急勾配が続きます。このあたりはカラマツなので下が見えますが、広葉樹林になると落ち葉で足下が見えなくなります。


平らな所をみつけてお昼。横になるとカラマツ林、静かで鳥の声しか聞こえません。


新兵器GARMIN社GPS。普及機の並行輸入品ですが、けっこう使えます。


三条の湯 [Dec 21-22, 2012]

   
この図表はカシミール3Dにより作成しています。

20日の午後になって、ようやく仕事の区切りがついて翌日休めることになった。21日からは4連休である。例によって土曜日の天気が怪しいけれども、金曜日が休めたら山に行こうと決めていたので予約の電話を入れる。目指すのは雲取山直下の三条の湯である。

尾瀬に続く山小屋経験の候補はいくつかあったけれど、その中で三条の湯を選んだのは風呂があるというのが大きい。昔何かの本で読んだことがあり(山と渓谷だったかもしれない)、行けたらいいなと思っていた。混むと相部屋になるようなので土曜日や連休は避けたいところであり、このように突然取れた平日休みに行けば、ストレスなく泊まれそうだ。

計画としては当日三条の湯に泊まり、翌日雲取山に登る予定で登山届も出したけれど(奥多摩駅に登山届のポストがある)、前線が近づいていて土曜日は雨の予報である。2000mの山頂は雪になっていると思われるので、その場合は撤退することになる。それでも、三条の湯は標高1100mにあるので、5~600mは登らなければならない。

奥多摩からバスでお祭まで。バスの本数はあまりないので、12時40分に乗って1時20分に着くというのが平日にはほとんど唯一の便となる。しかしながら、小学生やおばあさん達は次々と降車して、お祭バス停で下りたのは私ひとりだった。ここからはコースタイムで3時間という長い林道歩きとなる。

車道をしばらく進むと、後沢林道の入口である。けっこう立派な道だと思っていたら、しばらくは人家があって、電線も道路沿いに続いていた。その電線がなくなったのに気付いたのは30分くらい歩いた頃。そのしばらく先の片倉谷の分岐にはゲートが閉まっていて、ここから先は車両通行止となる。路肩が崩れたり落石があったりして、つい最近工事されたと思われるところも多くあった。

三条の湯への林道は青岩谷の分岐まで続いていて、そこまでに片倉谷、塩沢と二つの大きな谷があるので、ほぼ3分の1ずつに分かれる。青岩谷から先は登山道で、そこから標高差200mほど上がる。時間の目安として、林道の3区間を40分ずつ2時間、登山道を30分、ほぼ4時到着を見込んでいた。

さて、ほぼ中間点の塩沢分岐までは予定どおり登ったのだが、ここからなかなか進まない。地図で見るより距離があるのと、日が傾いてしんしんと冷え込んで足が思うように上がらなくなってきたのである。こうした場合は休憩をとればけっこう回復するのだが、何しろ寒いので体を止めるのがつらいのである。

林道は深い谷間に開かれているため、3時を過ぎるあたりからほとんど日は差さない。地面はところどころ地面が氷結していて、うっかり踏み込むと滑る。その足下から冷えてきて、体感気温で0度以下である。さすがに休む気がしない上、持っているのは冷たい水ときている。結果的に、三条の湯までほとんど休まないで歩くことになった。

青岩谷の登山道入口に着いたのは4時10分前。予定より30分オーバーしている。あたりはもう薄暗い。後からラジオを聞いたら、この日は冬至だった。1年で一番日が短いのだから当り前である。道幅はいっぺんに狭くなり、左手は深い谷。ちょっと怖い。

登山道に入る頃から左足のふくらはぎがぴくぴくしているのが気になっていたのだが、20分くらい進んだあたりでついに痙攣してしまった。右手を岩で支えて懸命に耐える。2分ほど動けない。昔、Saitohさんに、攣るのは水分の不足だと聞いたので、水分を補給する。狭い登山道だけれど、幸いに誰も来なかった。もっとも今回は、登り下りとも、誰にも会わなかったが。

ステッキで体を支えながら、何とか進む。傾斜がそれほどでもなかったのが幸いだった。しばらくすると、資材置き場のようなこじんまりした小屋が見えてきて、その先の曲がりを越えると三条の湯の建物が突然現れた。午後4時半。結局、3時間のコースを3時間10分で歩いたことになる。

三条の湯は、お祭から後沢林道経由3時間の徒歩。写真は塩沢分岐を振り返ったあたり。ここまで約1時間半で、ほぼ中間点となります。


青岩沢の先から登山道。傾斜はそれほど急ではないが、この日はやたらと冷えました。右手は崖、左手は沢。


日が暮れる前に着くことができたけれど、寒いし足は攣るしひどい状態。受付で名前を書こうとすると、今度は手がかじかんで感覚がない。指定された雲取の部屋までたどり着き靴を脱ごうとすると、今度は右足が攣った。

10畳ほどの個室に、どうやら私ひとりのようだ。足を押さえながら必死に痛みが遠のくのを待つ。部屋の中は超寒い。奥にテーブルが一つと石油ストーブが置いてある。壁には「火気厳禁」と書いてあるが、ストーブはいいのだろうかと一瞬考える。

ところで、今回の山行では避難小屋泊まりが可能かどうか下調べするつもりであった。奥多摩にはいくつか避難小屋があり、ここを使えればいろいろなルートが可能となるが、営業小屋と違って常駐する小屋番の人などいないから、火の気もないし寝具も食事も自分で用意しなければならない。半面、費用はかからないし予約もいらないという利点がある。

今回も、前回断念した鷹ノ巣山を避難小屋泊まりでとちらっと考えたが、山の上はどのくらい寒いのかは山に泊まってみなければ分からない。-10度まで対応のシュラフを買ってはみたものの、それで大丈夫かどうかは分からないのである。実際に行ってみて、体は冷えるし手はかじかむし、とてもじゃないが火の気のない小屋では無理なような気がした。

夕食と風呂は6時からということなので、部屋で布団をかけて体温の回復を図る。まずは規定どおり掛布団1枚と毛布1枚を敷いてもぐりこんだが、なかなか温まらない。手の感覚も戻らなければ、ふくらはぎの痛いのも取れない。6時前に小屋番のお兄さんが呼びに来るまで30分以上そのままでいたけれど、あまり良くなったような気がしない。

夕飯は食堂に1人分だけ用意されていて、聞いてみると泊り客は私ひとりだった。私だけのために悪いような気がしたが、小屋番のお兄さんはウィークデイの間泊まり込みなのだそうだ。夕飯はおでんに岩魚の甘露煮、シュウマイ、キャベツとブロッコリー、山菜とこんにゃくの煮物と温かいご飯と味噌汁。冷えた体に温かい食事がありがたい。

食事の後は風呂である。ここの源泉は十数度なので、薪とかを使って適温に沸かしている。泉質は単純硫黄泉で、うっすらと硫黄のにおいがある。メタケイ酸イオンや炭酸水素イオンも多く含まれているので、肌にぬるっとくる。こんな山深くによく温泉(鉱泉)を見つけたものだと思う。切り傷の他リウマチ等に効果があるという。狩りをする人達にとって、切実な問題だったのだろうか。

小河内ダムの源流にあるため、石鹸・シャンプー使用禁止である。脱衣所も浴室内も冷え込んでいるので、体を流して浴槽につかる間にもお湯の温度が下がってくる。蛇口からお湯を足して温まる。少しずつ、手の感覚が戻り足の痛みも取れてきたようだ。

部屋に戻って、今度は石油ストーブをつけた。布団も掛布団2枚毛布2枚に増量する。ラジオで天気予報を聞く。翌日は、関東の平野部でも雪が積もると言っている。消灯時間の8時になったので、ストーブを消し、枕元にヘッドランプを置いて布団にもぐりこむ。綿の布団2枚はさすがに重いが、温泉の効果でさっきより大分と具合がいい。

真夜中頃に目が覚めた時には、体が大分温まっていて手のしびれも取れ、足の痛みも軽くなっていた。

注.帰ってから本を調べていたら、「筋力の弱ってきている中高年は、足に疲労がたまって冷えてくると、ふくらはぎがけいれんする」と書いてあった。なるほど、その通りの状況であった。

日が暮れる前に何とか到着した三条の湯。この日の泊り客は私だけでした。一段下にある建物がお風呂場。


4時半過ぎなのに、この暗さ。明るくなっているあたりが受付。山小屋には早く着くようにしましょう。この写真を撮った時には、指の感覚があまりなかったです。


ヘッドランプを点灯して外にあるトイレまで歩く。外は真っ暗である。空を見上げると、山の影と雲の切れ間からわずかに星空が覗いていて、木星とオリオン座、ふたご座のカストルとポルックスの他に、数知れない小さな星が見えた。夕方ほど冷えるように感じられなかったのは、慣れたからだろうか。

次にトイレに起きたのは3時前。この時にはみぞれ交じりの細かな雪が降っていた。ううん、これは撤退するしかなさそうだ。しばらくすると、川の流れる音よりも大きく激しい雨音が聞こえてきた。5時の天気予報は、夜に聞いた時と変わらず関東地方は夕方まで雨、山沿いは雪。撤退である。

6時に朝食。ごはんと味噌汁に、しゃけ、海苔、漬物、つくだ煮。夕飯の時より大分と体調は良くなったが、天気に恵まれないのでは仕方がない。これで、鷹ノ巣山、雲取山と奥多摩で2つの宿題ができてしまったが、また来年がある。

「上は雪だと思うので、下りることにしました。」
と小屋番のお兄さんに言うと、

「そうですよね。この天気で登ると修行になっちゃいますから。気を付けて下りてください。」
とのことでした。このようにリスクミニマムの行動決定となるのは、単独なので当然のことである。

さて、帰るとなったら早く家に着きたい。行きと同じお祭りのバスは10時48分なのでかなり先。しばらく車道歩きとなるが、鴨沢西発9時半というバスがある。これに乗るには、登りで3時間10分かかったところを2時間半で下らなければならない。まあ、雨の中をのんびり休んだりできないだろうから、がんばってみよう。

モンベルのレインウェア“ストームクルーザー”を着て、アウトドアリサーチのスパッツを装着、ザックカバーも付けて、本格的な雨天歩行は初めてである。挨拶をして出発したのが6時40分。時折すごい勢いで雨が降ってくるが、さすがにゴアテックス、中に水を通すことはない。むしろアイスバーンになっていて地面が時々滑るのと、メガネが曇るのが気になる。

あまり時計を見ずにできるだけ急いで歩いていたら、中間点でほぼ行けそうだと見当がついた。下りは足が攣ることもなく林道終点までそのままノンストップで歩き続け、お祭りに着いたのは8時55分。2時間15分で下りをクリアしてしまった。鴨沢西のバス停には9時10分。

ぎりぎりどころか、バスが来るまで雨の中を待たなければならなかったが、間に合わないことを考えれば何ということはない。なかなか体力が付いたではないかと自分でもうれしくなった。この日は昼ごろまでずっと雨で、しかもだんだん冷え込んできたので、立ち寄り湯にも寄らずにまっすぐ家に向かったのでした。

さて今回の山、結局山頂までは行けなかったけれど、今年もう一回は行きたかった山小屋にも行けたし、本格的な雨天時の行動もできたし、この時期の山の寒さもよく分かったので、自分としてはかなり有意義だったと思う。この歳で新しいことにチャレンジできるのは、かなりありがたいことのような気がする。

この日の経過
お祭バス停 13:25
13:55 後山林道ゲート 14:00
14:40 塩沢林道分岐 14:40
15:45 登山道入口 15:50
16:30 三条の湯(泊) 6:40
7:10 登山道入口 7:10
7:55 塩沢林道分岐 7:55
8:25 後山林道ゲート 8:26
8:55 お祭 8:55
9:10 鴨沢西バス停

[Dec 31, 2012]

食堂は一度に20人くらいは入れそうでしたが、この日は私だけ。温かい食事はたいへんにありがたかったです。


食堂の壁に貼ってある三条の湯の由来と、初代小屋番の写真(三条の湯HPにも載ってます)。


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