小町山    雪入山・権現山    燕山(花の入公園撤退)    鬼越山
燕山(花の入公園ルート)    雨引山・燕山    雨引山・三本杭
燕山・蛇口三角点    尖浅間・鬼越山


小町山 [Jan 15, 2022]

   
この図表はカシミール3Dにより作成しています。

2022年の年初は、なかなか山に行けなかった。当初は1月5日に予定していたのだけれど、4日に首都圏が大雪になったからである。

ようやく雪も融け、天気も安定したのが1月15日。土曜日で世間の人達も山に出かける日だが、翌16日からNFLのブレイオフなのでこの日しかない。いつもは一般道を使うのだが、この日は高速を使って少しでも渋滞を避ける。

登山口の小町の館に着いたのは8時過ぎ。この日は小町山から宝篋山の周回ルートを歩く計画である。小町の館は土浦市の施設で、農産物直売所や食堂も併設されている。営業時間外に駐車場が開いているか不安だったが、着くと登山者用の駐車場がある。

登山者は商業施設の外に止めてください。満車の場合は徒歩5分の日枝神社駐車場を使うようにと書いてあるが、外の駐車場がまだ空いていた。日枝神社がどこなのか分からないので、満車の場合困ったことになったが。

この施設はまだ新しく、もちろんトイレもあって、小規模な道の駅のようである。登山者は少なくないようで、私が着いた時にも支度をする人が何組かいた。私も用意を済ませ、8時25分出発。

このあたりに来たのは一昨年の雪入山以来だが、目の前に稜線が広がる素晴らしい景色である。天気も良く風もないので、山歩きには申し分ない。

「小町の館」のシンボルである風車の外の道から、案内板にしたがって集落の中を進む。気になったのは山道にある木の橋が工事中で通れないと貼り紙があったことである。まず朝日峠に登る予定だったが、通れないと悲しいので直接小町山に向かうことにした。

案内通りに進むと、民家の脇に「小町山登山口」と大きく書いてあり、正面に山の神の祠がある。ご挨拶して、登り始める。木の幹に案内マップが貼られていて、道もきちんと整備されている。

面白かったのは、合目の表示に丁石ではなくお手製の標語が書いてあったことである。二合目には「道路を爆走するのが18歳、逆走するのが81歳」、他にも「何も知らないのが18歳、何も覚えていないのが81歳」「偏差値が気になるのが18歳、血糖値が気になるのが81歳」とかがあった。

標高にして50mから360mまで登るのだが、傾斜はそれほどきつくない。沢のような地形に出ると、名前の付いた奇岩がいくつかある。それほどの水量はないが、岩の表面を流れる水が氷になっている場所もあった。

この日唯一の急登をクリアすると、景色の開けた尾根筋に出て、すぐ上が山頂である。麓から1時間ほどで到着。頂上からは、正面に筑波山が見える。

テーブル付のベンチが4、5セット置かれているので休むことはできたのだが、4人連れのじーさん連中が大声をあげて話に夢中である。せっかくの山なのに気分がよくないので、時間も早かったから朝日峠に向かうことにした。

山頂から先の道は二つに分かれ、右に進むとパラグライダーのゲレンデ、左に進むとすぐにエンジン音が聞こえてくる。すぐ先がパープルライン、かつて表筑波有料道路だった道である。

小町山登山口は、土浦市の施設「小町の館」近くにある。登山者は外に止めるよう注意書きがある。


小町山への登山道はきちんと整備され、合目には丁石の代わりにお手製の標語が貼られている。2合目には「爆走するのが18歳、逆走するのが81歳」。他にも「何も知らないのが18歳、何も覚えていないのが81歳」とか。


登山口から1時間ほどで小町山頂上。頂上にはテーブル付ベンチが4、5セット置かれている。


小町山から朝日峠までは下り坂が続き、帰りがしんどいなと思ったのだけれど、それ以上にきついのはすぐ横を通る乗用車がすごいスピードで飛ばしていくことである。

30km制限なのでそんなに飛ばせるはずはないし、歩道がなく横1mくらいの間隔で登山者が歩いているのだから危ないけれど、きっと地元警察も取り締まりなどしていないのだろう。

少し先にアンテナの立っている山が見える。あそこが雪入山かなと思ってカーブを曲がると朝日峠の駐車場だった。11時ちょうどくらい、小町山から30分で着いた。ここは有料道路の頃からあって、展望公園として整備されている。

少し先の東屋に腰を下ろす。正面にいま下りてきた小町山のパラグライダーゲレンデが見える。その向こうのアンテナは、これから歩く宝篋山の稜線である。その左には、霞ヶ浦と土浦の市街地が広がる絶景である。

小町山が騒がしかったので、ここでお昼にする。テルモスのお湯でコーヒーを淹れて、前日に用意した20%引きのパンを2つ。ホイップクリームいちごジャムと、コーヒーロールである。

いい景色を見ながらお昼を食べる。2022年初めての山である。前回の筑波山1周ではお昼を食べたのがトイレ前ベンチだったので、こうして見晴らしのいい場所でゆっくりするのは久しぶりである。

駐車場に止まっている車の多くは、旧有料道路を行ったり来たりしている暴走車で、景色を楽しむドライブ客はほとんどいない。それでも、1組2組は公園のいちばん高い場所にある展望台に登って行く。大声で騒ぐ人達はいないので、たいへん静かである。

しばらくゆっくりした後、小町山方面に引き返す。やはり、暴走車が行ったり来たりする。中には、3台4台が車間5mも取らずにつるんで、30km制限を100km近く出しながら突進して行くのだった。

きっと、サーキットか何かと思っているのだろう。仲間内では「つくばサーキット」と呼んでいるに違いないと思いながら坂を登り返して行く。小町山を過ぎてしばらく進み、かつて駐車場のあったあたりで側道に入る。

すると、立木に貼られた貼り紙がある。「サーキット対策道路」と書いてある。読んでみると、「歩行者の安全のため、車道に沿った登山道を整備してまいりましたが、私も歳とって厳しくなりました。どなたか引き継いでもらえないでしょうか」という内容である。

旧有料道路を「つくばサーキット」と呼ぶのは私だけではないんだなあと思うとともに、一人で登山道を整備するのは大変だろうと感心してしまった。草刈り機、替刃等自前と書いてある。

国定公園に指定したとはいっても、この状況である。東筑波が産業廃棄物捨て場となり、高峯がマウンテンバイクコースとなったのと同様、ちゃんと整備しなければ自然に帰るかカネ儲けに使われるか、風紀が乱れるしかない。悲しいことである。

旧有料道路から宝篋山方面への工事用道路にはしっかりバリケードがされていて、中は車両通行止めなので静かである。この稜線にはいくつかアンテナがあるし、宝篋山の基地局も大きなビルである。掃除や草刈りもしているし、おととし来た時には消防署も何かしていたから、一年に何度かは使われているのだろう。

そして驚いたことに、この工事用道路に入ってから頻繁に登山客とすれ違うのである。小田に車を止めて宝篋山に登る人が多いのは知っていたが、小町山・朝日峠まで足を伸ばす人が結構いるのは意外なことであった。

工事用道路をゆっくり歩いていくと、急坂なのは最後の宝篋山基地局前だけで、あとは緩やかな登り坂である。朝日峠から1時間ほどで宝篋山に着いた時には、こんなに早く着くのかと驚いたくらいである。

頂上にある宝篋印塔まで登ると、ベンチはすでにいっぱいで、筑波山はもちろんのこと日光男体山や女峰山が雪をかぶっているのもよく見えた。

朝日峠の展望公園まで歩いてお昼にする。目の前には先ほど登った小町山と、宝篋山への稜線にあるアンテナが見える。


暴走車が行き交うつくばサーキット、旧有料道路から宝篋山への道に入ると、ここは車両通行止めで静か。土曜日のせいか、結構人が多い。


宝篋山からは、筑波山はもちろん男体山や女峰山まで見えた。


宝篋山の頂上はいっぱいだったので、城址の中心部を抜けて一段下に下りる。ここにもお昼を食べているグループはいたが、空席もいくつかあった。

宝篋城の中心部には初めて入ったが、大きな石がいくつかあって周囲に土塁や空堀があるだけで、それらも説明してなければ自然の地形かと思うくらいである。広さ(狭さ)といい石だけなことといい、水の手が見えないことも含めて、近くの難台城とよく似た感じである。

空いているベンチに腰掛けて小休止。お昼休憩から1時間なのでそれほど疲れていた訳ではなかったけれど、暴走車が横を通るので神経が疲れた。1mと離れていなかったから、急ブレーキでもかけてスピンしたら、巻き込まれて大ケガ必至である。

しばらく休んでから出発、あとは小町の館に戻るだけであるが、意外とここから時間がかかった。

まず、常願寺コース。尖浅間山への尾根道だが、向こうから歩いてきた時にはなだらかな坂道だと記憶していたのだけれど、宝篋山から歩くと結構な下り坂である。しかも、霜が融けてたいへん滑りやすい。

じっさい、派手に滑った跡が頻繁に残っており、足の置場に苦労する。落ち葉の上を歩くようにしたが、今度は泥ごと落ち葉の塊が登山靴に付いて、たいへん歩きにくい。

ひとしきり下って再び登り坂となる鞍部のところが「A-4分岐点」。ここを下ると小町の館方面に行けるはずなのだが、行先案内も赤テープもない。ただ、しっかりした登山道がここから下っていて、間違いようのない道である。

この山道で追い越しされた人とすれ違った人が一人ずついたから、誰も知らない道という訳ではないようだ。しかし、ガイドブックにも書いてないし、WEBで調べてもすぐには出てこない。1/25000図にも載っていない道なのであった。

麓近くまで下りると、車が止まっているスペースがあり、そこから林道に出られる。さらに山の中に続く道もあるのだが、どこまで続くか分からないので林道を下ることにする。

ところが、この林道は1/25000図では麓の集落までつながっているはずが、途中でチェーンをしてあって先に進めない。もしかすると向こうから入れないだけかもしれないが、採石場の近くなので作業場に出てしまうと困る。

仕方なく、途中にあった分岐に戻る。ここには、山道でもないのに赤テープがあって、「一の滝」「←東城寺」と行先が書いてあったので気になっていたのだ。ただし、ここから道は細くなり、再び車の通れない登山道になる。

トラバース道をしばらく進むと、東城寺に出る。こちらは最仙上人の開山と伝えられる古刹で、鎌倉時代には小田氏の庇護のもと栄えたという。最仙といえば、筑波山の向こう側の薬王院もそうだ。このあたりで天台宗の布教に努めたのだろう。

東城寺から再び山道もあるが、舗装道路を通って小町の館に戻る。常願寺A-4分岐から1時間半かかった。最後ちょっと疲れたけど、風もなくいい天気の一日で、2022年初めての山歩きを楽しむことができました。

この日の経過
小町の館(50) 8:25
9:25 小町山(361) 9:30
10:00 朝日峠(301) 10:25
11:30 宝篋山(460) 11:45
12:05 A-4分岐(320) 12:05
13:40 小町の館(50) [GPS測定距離 13.3km]

[Mar 21, 2022]

いつもながら、宝篋山は静かでいい雰囲気であった。


小町の館に戻るには、常願寺コースのA-4分岐を下りる。ここから先、案内板もテープもない。


山道には特に迷うところはないが、林道(写真の右の道)を下りようとすると行き止まりになるので注意。赤テープ「一の滝」の分岐を入って東城寺に戻る。


朝日峠から雪入山・権現山 [Feb 2, 2022]

   
この図表はカシミール3Dにより作成しています。

前回初めて行ってみた小町の館駐車場は、朝早くから止められるしトイレも完備しており、何より無料でそこそこ大きい。あの周辺の登山口は道が狭かったり台数止められなかったりするものだから、すっかり気に入ってしまった。

まだ丹沢や奥多摩など他の山域に行くには寒い時期でもあり、再度ここに行ってみることにした。前回は勝手がわからなかったのであまり早い時間にしなかったが、今回はもう少し早く行って遠くまで歩いてみたい。

以前登った雪入山では、三ツ石森林公園に車を停めて青年の家から雪入山・浅間山を回ったが、この稜線が平地に出る所には昭和天皇が軍事演習を視察した御野立所という場所があるらしい。どうせならそこまで歩いてみたい。

そして、帰りはこの山麓に通じている関東ふれあいの道を歩くと、小町の館まで戻ることができる。Googleでみると10kmばかりありそうだが、昨年も高峯を下りて岩瀬駅まで3時間近く歩いている。まあ、高速登山道なので迷うこともないだろう。

朝6時に家を出て、一般道経由でも1時間半ほどで小町の館に着いた。登山者用駐車場には一番乗り。トイレに行っている間に2台め3台めが入ってきた。平日なのに、なかなか盛況である。

この日は、手前の登山口から朝日峠の向かう。登り始めはパラグライダースクールの練習場で、そこを過ぎると沢に沿った登り坂となる。小町山コースと同様に、地元の方々がきちんと整備されて、案内の張り紙などが親切である。

10分くらいで、洗顔沢休憩所という水の出ている場所に着く。「この水は飲めません」と書いてあるが、名前のとおり顔を洗う沢だろう。沢の水をすくいやすくするための樋がかけられている。さすがにこの時期は冷たいけれども。

そこを抜けてさらに登ると、頭上から工事の音が聞こえてくる。前回見た工事の貼り紙はここだったのだ。大規模に立入禁止となっているけれども、小町山への方向ではなく、朝日峠のすぐ下だった。だから、小町山に行く分には工事個所などなかったのだ。

そのすぐ上が、朝日峠展望公園内を通っている車道だった。歩き始めて40分程度で、公園の下まで来た。あとは遊歩道を歩いて、いちばん上の展望台まで登る。

公園を入ってすぐのベンチからでも十分景色はいいのだが、てっぺんまで登るとそれ以上に景色が開けている。正面には宝篋山とそこから続くアンテナ群、右手には霞ヶ浦と土浦の市街地が見渡せる。

展望台のすぐ裏に三角点があり、珍しく説明板が添えられている。それによると、この三角点の名前は小野越峠という。公園の名前が朝日峠展望公園だから、朝日峠ともいうのだろうが、もともとの名前は小野越峠であるらしい。

麓の集落が小野だから、本当は小野越なのだろう。「小町の館」の名前も小野小町からの連想だが、都から三河にだって行かなかった小野小町が筑波山まで来たとは考えにくい。もちろん小町の縁者が東国に下ったことはあるかもしれない。

今回は小町の館から朝日峠を目指す。小町山コースと同様、地元の方々がきちんと整備している。


朝日峠の頂上まで登った展望は絶品。正面には宝篋山が雄大。逆光で写せなかったが霞ヶ浦が迫る。


一昨年歩いたアンテナ山まで、パープルラインからアンテナ管理道路をたどる。


しばらく休んで、朝日峠展望台から出発する。登った逆側からも出られるような気がしたが、安全策で来た道に戻る。逆側にも車両通行止めの通用口があったので、多分出られたのだろう。

さて、今回の主目的は宝篋山分岐点から筑波山塊が麓に下りるまでの、雪入山稜の縦走である。いままで歩いたことがないのは、朝日峠からアンテナ山入口までと、閑居山から先である。

まず朝日峠からしばらく、パープルラインの車道歩きである。前回と違って、サーキットと間違えている車はいない。何しろ、ここは30km制限なのだ。10分ほど登ると、道は左右に分かれる。左はフルーツパークから旧八郷町中心部に向かう。右が雪入への道である。

さらに5分ほど歩くと、左に分かれる舗装道路がある。通せんぼしてあったので、私道だといけないと思い先に進む。しかし、道は下る一方である。100mほどで引き返してよく見ると、通行止めゲートの横に踏み跡があった。

これが、アンテナ山まで伸びている施設保全用道路である。宝篋山に向かう道と同じ用途であるが、こちらの方が新しい工事だったのか、それほど古びてはいない。ただ、スイッチバックしながら急坂を登るのは変わらない。

何度かヘアビンカーブを乗り越えていくと、右から「急坂コース」という道が合流してきた。以前、青年の家から登ってきた道である。名前通り半端ない急坂なのだが、そんな登山道でも横に電線が走っていたのだ。

急坂コースと合流すると間もなく、朝日峠からもよく見えたアンテナ塔の前に出る。ここで少し道は狭くなるが、この先にもう一基ある大きなアンテナ塔までは車道の尾根道が続いている。

最初のアンテナ塔のすぐ横に、フェンスでがっちり囲った機械が上を向いている。最初はデジタル三角点、本名電子基準点かと思っていたが、一覧に載っていないので違うようだ。説明版も何もないので分からないが、やはり衛星と通信して何か調べているのだろう。

2つ目のアンテナから先は本当の登山道になる。そして、ほどなく剣ヶ峰である。麓の雪入集落の眺めが開けて気持ちいい場所である。ベンチも数脚置かれている。

雪入山はもう少し先なのだけれど、そちらは狭くて座る場所もない。早く着いてしまったけれど、ここでお昼にすることにした。

この日はお湯を入れたポットを家に忘れてきてしまい、ファミマのチーズサンドと水という寂しいお昼となった。何年か前に道間違いしたあたりを目で追いながら(そして、この日の午後同じあたりを歩くことになる)休んでいると、何組かのグループが登ってきた。

午前10時出発。なだらかな稜線を先に進む。すぐに雪入山、そしてパラグライダー離陸場跡を過ぎる。あきば峠という場所で林道と交差するが、それほど下ったり登ったりする訳ではない。

そして、樹間から次の大きなピークである浅間山が見えてきた。このピークにはお宮さん(何しろ浅間山である。多くの祠がある)と、雪入山系恒例のアンテナが立っている。巻き道があるので、今回はここは通らない。

閑居山には、前回来た時にはなかった説明の紙が貼られていた。それによると、閑居山というのはもともと麓の閑居山大師のことを指していたのが、ネット上で227独標点のことをそう呼んだことから広まったと書いてある。

山名自体、もともと誰かがそう呼んだのをみんながそう呼ぶようになったものだと思うが、ここの独標点は特にピークでもなく、下り坂の途中で広くなった場所という印象なので、なるほどありそうなことだと思った。

アンテナ山から歩くとすぐに雪入山剣ヶ峰。この日も平日にもかかわらず、シルバーの団体が大騒ぎでした。


雪入山を過ぎると、樹間から浅間山の頂が望める。この日はこのピークは巻いて権現山に直行する。


地元有志の方々のご努力により、案内標識はきちんと整えられている。雪入山を越えるあたりからは「→権現山(御野立場)」の表示となるが、それほど大した行先ではない。


閑居山を過ぎると、権現山への下りとなる。しかし、閑居山・権現山間の標高差は100mほどなのに、起伏がかなりあって予想外に時間がかかった。

閑居山を通過したのが11時ちょうどなのに、権現山到着が11時40分である。40分かかっている。標高差100mなら20分で着いてもおかしくないのに、地図で見るより距離があるらしい。

権現山の見晴し台には、昭和天皇が軍隊の演習をご覧になった記念碑が建てられていて、「御野立場」と呼ばれている。雪入山より先では初めての登山者が、テーブルに荷物を置いて記念碑から麓を眺めていた。

テーブルは1つしかなかったし、碑から下りたところが広くなっているように見えたので、急坂を下って行った。しかし、広いように見えたのは果樹試験場の畑で、フェンスが張られて入れない。公園にはなっていないのである。

茨城県制作の関東ふれあいの道パンフレットで撮影ポイントにもなっている場所なのに、ろくに休む場所もないのである。結局、出発した小町の館までさらに約10km、最後に休憩した剣ヶ峰から4時間以上腰を下ろすことはできなかった。

果樹試験場の外周をフェンスに沿って麓まで下ると、関東ふれあいの道らしいのどかな田舎道となる。右手には、さきほどまで歩いてきた雪入の稜線が見えて気持ちがいい。しかし、そう長くは続かない。

というのも、関東ふれあいの道の案内どおりに進むと、交通量の多い幹線道路に出てしまうのである。関東ふれあいの道(正式名は首都圏自然歩道)にもかかわらず歩道がない。トラックや乗用車が、時速80kmで飛ばしてくる横を通らなければいけないのだ。

これが環境省推薦ではないだろうと思うが、歩いている途中に「関東ふれあいの道」の説明板があるので間違いない。かつては、これほど車が通る道ではなかったのだろうか。茨城県の関東ふれあいの道には、筑波山麓の産廃放置道路もあった。選定基準に首をひねるところである。

山本五輪塔のあたりで、ようやく幹線道路から離れて田舎道となる。この五輪塔は戦国時代に建造されたもので、石造りの五輪塔はたいそう珍しく県の文化財だそうだ。墓地の一角にあるので、それほどすごいもののようには見えない。

さて、御野立場から小町の館までは約10km、2時間半ほどで着くと見込んでいたのだが、案に相違してかなり苦戦した。

第一の理由は、御野立場で少し休憩してHP回復を図る予定だったのにそれができず、その後も休める場所がまったく見当たらなかったことである(途中でセブンイレブンを見かけたのだが、コンビニで休むほどではない)。

第二の理由は、思ったより起伏があって、地図で見るより距離があったことである。特に、中央青年の家がある稜線を越えるあたりはいくら歩いても向こう側が見えてこなくて、いったいいつ着けるのだろうと思ったくらいである。はじめて雪入山に来た時もこのあたりで迷って、余計な距離を歩いてしまったのだった。

午後2時近く、浄水場施設のところので来ると、ようやく見覚えのある小町山のハンググライダー場が見えた。でも、この場所はまだ朝日峠の手前である。結局、浄水場から小町の館までさらに30分を要して、ようやく2時半に小町の館に帰ってくることができた。

不幸中の幸いは、このコースを逆回りで歩かなくてよかったということである。10km約3時間を歩いてから、たとえ標高差350mとはいえ山登りはきつい。最後に平坦な道が続く方が、まだ助かる。

この日の経過
小町の館(40) 7:50
8:50 朝日峠展望公園(301) 9:00
9:50 剣ヶ峰(355) 10:00
11:40 御野立場(108) 11:40
14:30 小町の館(40) [GPS測定距離 19.2km]

[Apr 12, 2022]

昭和天皇が陸軍の演習を御覧になった「御野立場」。記念碑が立っているだけで、周囲は公園ではなく果樹試験場の敷地。ゆっくりできる場所はない。


御野立場の麓からは、関東ふれあいの道。これまで歩いてきた雪入山の稜線を右手に見ながらのハイキングとなる。


でも、関東ふれあいの道の大半は歩道のない幹線道路で、トラックががんがん飛ばしてくる。茨城県の関東ふれあいの道の選定基準は、どこかおかしい。


燕山(花の入公園ルート・撤退) [Mar 1, 2022]

   
この図表はカシミール3Dにより作成しています。

2月も半ばを過ぎると、そろそろ丹沢に行ける陽気になる。ところが今年は建国記念日に雪が積もり、山は冬になってしまった。

秩父も丹沢も、積雪量が40cmとか60cmとか言っている。トレースがあるにしても道を外れると危ないし、融けていたとしても今度はドロドロである。あまり爽快とは思えない。

ケガをしてもつまらないので、今年はもう少し筑波山塊である。前に行ってバテた燕(つばくろ)山を考えたが、岩瀬からスタートすると下りてくる頃には夕方である。加波山まで行かずに燕山で下りるにしても、道がよく分からない。

WEBで調べたところ、燕山に直接登る花の入公園からのルートがあるようだ。一度登っておけば、下るのも見当がつきやすいだろう。幸い、この公園には駐車場があるので、車で行くことにした。

2022年3月1日、ようやく暖かくなって風もない。早起きして筑波山を目指す。登山口となる花の入公園は真壁の少し先のはずだが、つくば方面からは行先案内が見えない。行き過ぎて引き返すと、岩瀬方面からは案内板が見える。

いきなり、一車線しかない細い道である。大丈夫かと思って進むと、りっぱな公園があった。十数台止まれる駐車場もあるし、トイレもある。見る限り、造園も掃除もちゃんと行われているようだ。

燕山への登山口は林道を進む。案内はまったくない。林道の向こうからダンプカーが走ってきたが、この先どこかに通じているのだろうか。下って行くようなので、砂利道の支道に進む。

1/25000図で見ると、燕山に向かう登山道は3本ある。1本はくねくねした林道を進む道で、これはどこからか通行止めと書いてある。あとの2本は、花の入公園からすぐの道と、奥の道である。WEBには、林道を方向転換できないくらい奥まで進むとあるから、奥の道だろう。

ところが、さらに細くなるあたりで登山道入り口を探すけれども、そんなものは見当らない。仕方がないので、少し引き返して1/25000図の道をスマホナビを頼りに探すけれども、廃屋まで進んだところでどうにも先に進めない。

これは困った。WEBにも、年々登山道が荒れてくると書いてあるから、あるいは廃道と化してしまったのだろうか。残すは花の入公園すぐから入る道である。

ところが、この道も所在がよく分からない。1/25000図の場所にはピンクテープがあるのだけれど、まさに斜面に植わっている木に着けてある。登りは何とかなるとしても、下りる時に安全に下りられるかどうか分からない。

それ以上に、ピンクテープの先を見ても薮なのである。次のピンクテープも見えない。これでは、道案内のために付けたのかどうかも分からない。

結局、花の入公園周辺を1時間ほどうろうろしたけれども、登山口は見つからなかった。電子国土にも載っている1/25000図の点線は、両方ともすでに廃道となっているのだろうか。

あとは林道をさらに進むしかなく、道案内もなく違う方向に進むのは勇気がいる。道案内がないということはあまり歩かれていないバリルートということで、標高差さらに400~500mを迷わず登り切れるか心配である。再挑戦は先のことになるかもしれない。

この日の経過
花の入公園 7:20(登山口分からず撤退)
8:20 花の入公園 [GPS測定距離 2.2km]

[Apr 19, 2022]

アスファルト舗装から砂利道に入り、さらに細い道をたどる。この道は車の轍らしきものがあるけれども、廃屋で行き止まりになって進めない。


最終的にあきらめた1/25000図の登山道入り口。斜面に赤テープがあるが、登ったとしても下りるのに難儀する。上は薮で、道らしきものは見えない。


鬼越山 [Mar 1, 2022]

   
この図表はカシミール3Dにより作成しています。

花の入公園から燕山の攻略は、登山道入口が見つけられず無念の敗退となった。しかし、このまま帰る訳にはいかない。ここからとなると、筑波山か宝篋山か。少し考えて、再び小町山を目指した。

狭い道を県道に下りて南下、筑波山麓で国道と合流する。しばらく進んで宝篋山登山口のある小田で左折、小野に向かうのが最短距離である。小町の館に着いたのは午前9時前、約40分の移動であった。

いつもより時間が遅いせいか、結構車が止まっている。しかも、駐車スペースでのんびり支度するじいさんばあさんがたいへん多い。暖かくなったので、さっそく出てきたらしい。こういう言い方は虫に失礼だろうか。

身支度は花の入公園で済ませてあったので、忘れ物がないように出発。前々回と同じく、山の神の祠に手を合わせて小町山ハイキングコースを登り始める。今回は、すぐに左に抜けて熊石方向に向かう。

茨城方面の山には珍しくないが、特に小町山は1/25000図に書いてない登山道がたいへん多い。1/25000図になければ、スマホのナビにも載ってない。頼りになるのは、地元有志手作りの地図だけである。

ところがこの地図、たいへんデフォルメされているのでどこがどこだかよく分からない。しかも、作った時期によるのかその地図にさえ載っていない道も多いので、よく確かめないと道間違いになる。この日は、それでたいへん痛いミスをした。

さすがに狭い山域なので2時間も3時間も迷うことはないけれども、見通しが利かず行先もよく分からないというのはストレスのもとである。実はこの日は、休憩ベンチ周辺でシルバーの大群が密集していた(しかも、小町山に向かっていなかった)ため、大勢が進むのが小町山方向だと思い込んでいたのがよくなかった。

10時前まで登って、空いているベンチがあったので小休止。なぜかこの日はかなりの人出で、このコースにはベンチが少なくないのにシルバーに占領されていたのだった。朝早かったので、ホイップクリームパンで栄養補給。

この小休止の後、どこかで分岐を見逃してあらぬ方向に進んでしまう。シルバーの団体がトラバース道をどんどん進むし、道は狭いし、ベンチでは大声でしゃべっていて休めないし油断した。スマホを見て方向違いに気づいたのは20分以上歩いてからだった。

おそらくシルバー団体は、宝篋山下り口から東城寺を回って小町の館に戻るコースだったのだと思う。それほどメジャーなコースでもないのに、数十人も歩くから紛らわしい。地元お手製の地図のあたりもシルバーが群れをなしていて近づけなかったのだ。

まあ、道間違いしたといっても40分か50分のことなので、不幸中の幸いといえるだろう。何とか正規ルートに復帰して、急坂を登るとベンチのある広場に出る。「松の木広場」と書いてある。鬼越尾根では、もっとも整備された休憩所である。

時刻はすでに11時15分。小町の館から2時間歩いた。頂上には達していないが、ここでお昼にすることにした。朝ファミマで買ったハムサンドとポットのお湯で淹れたインスタントコーヒー。前回ポットを家に忘れたので、今回は忘れないように持ってきた。

燕山から小町の館に転戦、9時過ぎから登り始める。前回は直接小町山に向かったので、今回は熊石から鬼越山を目指すことにした。


小町山周辺は1/25000図にない道がたくさんできている。2つ続く水場は鬼越山ではなく、東城寺あたりに伸びている道なので引き返すべし。


何とか正規の道に復帰してひと休み。松の木広場は鬼越山の直下にあってベンチが何脚か置かれている。


今回めざした鬼越山は1/25000図の372.6三角点で、お昼を食べた松の木広場から5分ほど登ったところにある。 このピークはパープルライン(旧有料道路、現在の暴走車サーキット)の左手に見えるのだが、そちらから直接登る道は薮なので、いったんサーキット回避登山道に入って裏から登る。

見通しはまったくないが、ベンチが置かれていて立木にワープロ打ちの紙が貼り付けてある。朝日峠から宝篋山分岐点にかけての稜線では、この鬼越山と小町山が目立つピークである。

さて、前回来た時は、小町山からこのあたりまでサーキットを歩いて、時速100km近くで飛ばす暴走車の横1mで怖い思いをしたので、今回はサーキット回避道を歩くことにする。

個人で管理しているのだから心細い道なのだろうと思っていたらそうではなくて、かなり広いなだらかな道があって、ところどころアップダウンがあるという印象である。

おそらくこれは昔からある道で、このあたり砕石会社の持ち物というから作業道だったのかもしれない。いずれにしても迷うような場所もなく、パープルライン間際に出るとそこから小町山に入る道だった。

小町山に着いたのはちょうど正午。多人数のシルバー集団はこちらには来なかったらしく、お昼を食べていたのは1組だけだった。この日はこちらに来ると静かな山が楽しめたようだ。

小町山の登りでは「男坂」という急登を登ってきたので、今回は「女坂」という林間のスイッチバックの道を下ってみる。最初は男坂と並行して下るのだけれど、いつしか林の中に深く分け入って、再び急坂となった時には何だか見覚えのない道になっていた。

それもそのはず、さらに下って木に貼ってあるコース図を見ると、途中から朝日峠コースに向かっていたのだった。尾根を越えたような気もしなかったけれど、それだけ狭い山域ということであろう。

朝日峠コースなら、麓近くに水場があったはずと思って下りていくと、果たして竹を割った管から水が出ていた。飲めませんと書いてあったけれど、2回3回と顔を洗ってさっぱりする。

この日は、燕山を目指して登山道が見つからず、鬼越山を目指して全然違う方向に誘導されるという困った一日だったけれど、最後は何とか頂上まで登って下りることができた。

この山域には、まだまだ登りたいコースがある。来シーズンもまた楽しませてもらうことができそうだ。

この日の経過
小町の館(70) 9:05
9:45 標高150m休憩所(150) 9:55
11:15 松の木広場(220) 11:25
11:35 鬼越山(272) 1:35
12:00 小町山(265) 12:00
12:40 小町の館(70) [GPS測定距離 7.1km]

[May 3, 2022]

鬼越山は372.6mの三角点がある。パープルラインからは入ってこれず、いったん「サーキット回避登山道」に回って南から登る道がある。


鬼越山から小町山の間は、「サーキット回避登山道」が整備され、スピード制限を無視して飛ばす車と接近せずに歩くことができる。整備している人は後継者が見つかっただろうか。


小町山から女坂を下りていくと、知らないうちに朝日峠コースに入っていた。この急傾斜ロープ場は前に通ったかなあと思った場所で、おそらく通ってない。


燕山花の入公園ルート・再挑戦 [Apr 23, 2022]

   
この図表はカシミール3Dにより作成しています。

4月の年金支給日が過ぎてキャッシュフローに余裕ができたので、ゴールデンウィーク前に泊りがけで山に行こうと計画していた。

ところが、4月10日過ぎに急に暑くなったと思ったら、天気のすぐれない日が続き、どうやらゴールデンウィークまでその状態が続くらしい。4月23日の土曜日だけが晴れ予想で、あとはぐずつく予報である。

1日しか晴れないとなると、泊りがけは厳しい。かといって日帰りとなると、土曜日というのがネックになる。電車は混むし、山も混む。

どうしようかと考えたら、3月に登山口で敗退した燕山(つばくろさん)の資料があったことに気が付いた。参考となるプリントアウトもそのまま残っている。筑波山系であれば、それほど混むこともない。

奥さんに計画書を渡すと、「もう64歳じゃないでしょ」と鋭く指摘される。3月には64歳だったが、4月には65歳になったのだ。

前回は登山口で敗退したが、一度行ったのでどこで間違えたかは分かっている。そう何度も間違えはしないだろうと思った(甘かった)。ということで、4月23日土曜日、午前7時に花の入公園スタートである。

私が来てすぐに、次の車が入ってきた。乗っていたのは男3人組で、自転車を組み立てて着替えている。MTBかな。林道を行くのかな。自分が行方不明になったら目撃証言してくれるかな、などと考えていた。1時間ほど後に、別の意味で助けられることになる。

花の入公園から、林道を登って行く。砂利道になる分岐は確認済みなので、問題は次の分岐である。前回間違えた先へ進み、それらしき分岐で考えていると、3人組のMTBが私を追い抜いて行った。あちらが林道であれば、この分岐を折れてよさそうだ。

砂利道はワインディングしながら、ずいぶん長く続く。花の入公園から30分ほど歩くと、「この先二輪車通行止め」の表示と、普通車が3、4台止まれる駐車スペースがある。案内表示はないが、ここから先が登山道だろう。

そう考えたのが大間違いで、正解はまだまだ太い砂利道を進む。一番太い道を道なりに進めば、川沿いに滑滝に至る登山道となる。なのにここから登山道という先入観で、分岐する山道に入ってしまった。

案内標識も赤テープもないバリエーションルートである。踏み跡というよりはっきりした登山道だが、曲がるごとに振り返って景色を確認する。踏み跡が途中で切れたら、戻らなければならない。

スマホを見ても滑滝方面に向かっているので、正規のルートだとばかり思っていた。登山道にはいってしばらくして、巨岩が登場。これが不動尊かな、と思っていたのだから泣けてしまう。

おかしいと思ったのは、上からMTBが下りてきたからである。一枚岩の滑る沢を、いかにMTBだからといって下れるのはおかしい。これは道が違う。

さきほどの3人組であった。すれ違ってすぐ林道に出たから、おそらくこれはMTB用のショートカット道だろう。追い抜かれたのは数十分前だから、林道をぐるっと一回りしてきたのであろうか。

ということで、滑滝を経由せずに林道に出てしまった。20分ほど歩いて、本来の合流点に到達。登山道には赤テープで目印が付いているが、いきなり急傾斜で下が滑る。危ないので予定変更して、加波山経由林道で頂上まで登ることにした。

花の入公園は八重桜が満開。この日は私以外にも車が駐まっていた。


砂利道の先の駐車スペース。この先は登山道と思ったのが間違い。正解は引き続き太い道を進む。行先表示は見当たらない。


地図に載ってない道を進む。この岩が不動尊かと思っていたのだから泣ける。この先でマウンテンバイク集団とすれ違って道間違いに気づく。


そうと決まれば、右足と左足を交互に出せば登れる林道歩きにモード変更である。この日は晴れて暑くなるという予報で、朝方は濃霧でつくばから筑波山が見えないくらいだったが、午前9時近くなってもまだ霧が流れている。

林道の傾斜はなだらかなので、周囲を眺める余裕も出てくる。そして、空気がひんやりして心地いい。途中、土地の人なのかおじいさんが橋桁にすっくと立ち、森を見つめていた。何も持っていなかった。ここまで散歩で来たのだろうか。

林道から滑滝への道が赤テープで示してあったが、朝方通った地図に載ってない道よりも細くて、そんなに簡単な道ではないように見えた。これなら、分岐から「天狗の踊り場」経由で行っても、心細さに大差はなさそうだ。

滑滝分岐から加波山まで、1/25000図によると燕山への直登登山道が1本あることになっているが、分かりやすい分岐は見つからなかった。それよりも、1/25000図にはないが「二輪車通行禁止」と書いてある急坂の方が太い道だった。あれはどこに通じているのだろう。

のんびり加波山神社の参道入口まで歩き、階段を登って加波山神社奥社へ。二礼二拍手一礼でお参りする。土曜日のせいか、ここでも何人か登山者を見かけた。

加波山神社からは高速登山道・関東ふれあいの道である。20分ほどで、アンテナ塔下の東屋に到着。まだ午前9時45分、予定より1時間早く、3時間かからないでここまで来ることができた。

この日用意したのは菓子パンとレモンジュース。菓子パン2つで、カロリーは合計1000kcal、糖質は100g近い。普段なら許されない糖質量だが、体力を使ったからよしとしよう。

菓子パンを食べていると、シニア単独行の登山者が現れた。岩瀬から雨引山経由で来たという。私が以前歩いた道である。すごい健脚ですね。私ではお昼前にはここまで来れませんよとちょっと話した。

10時になったので出発。燕山(つばくろさん)まで急坂だが、東屋から10分もかからない。展望はないけれども、静かでいい山頂である。

さて、同じ道を下るのも面白くないし、まだ時間もある。燕山から直接下る登山道を使って下りることにしよう。1/25000図でもスマホのナビでも場所が載っているし、実際少し下ったところにはっきりした分岐があった。

問題は、傾斜がかなり急である上に、足元が滑って歩きにくいことであった。おまけに、手掛かりになるような立木もほとんどなく、笹をつかんで三点確保という離れ業をしなければならなかった。

こうなると、右足と左足を交互に出せばよかった林道歩きより、はるかに時間がかかる。そして、滑らないように力を入れるので、足に負担がかかって疲れる。下りなのに、汗が噴き出してきた。

予定外のところで林道に出てしまい、加波山経由で燕山まで林道を歩く。


アンテナ塔近くの関東ふれあいの道休憩所。岩瀬から歩いてきたおじさんと話した。


燕山山頂。直接の下山路はここからすぐ。登山道の分岐があるので思ったより分かりやすかった。


足腰にはたいへんきつい下降ルートであったが、幸い転ぶこともなく、景色を楽しんで下山することができた。

新緑で木々も鮮やかで、ところどころで山桜やヤマツヅジが咲いている。あまり人が通らない山なので、それもいい。途中ですれ違ったシニア夫婦の奥さんが、「この山でひとに会うなんて珍しい」と言っていたくらいである。

最初急傾斜で、中間でややなだらかになって、再び急傾斜の下りとなった。足の置場に迷わされて、足腰がきつい。頂上から40分ほど下りて、まだ合流にならないかなと思ってスマホを見ると、合流点からすぐの場所だった。

目の前の急坂が、登りで滑って自重した急傾斜なのであった。登りで滑るくらいだから、下りは当然滑る。手がかりはない。後ろ向きになって、何とか転ばずに下りる。当初予定の直登コースを踏破することができた。

ここから滑滝までは、林道を戻るよりも「天狗の踊り場」を経由した方がずっと距離が短縮できる。登山道入り口は、往路に赤テープを確認してあった。迷いやすいと評判だが、まだ時間は大丈夫である。

そして下り始めると、急傾斜なのと滑りやすいのはこれまでと変わらないのだが、赤テープがずっとある。1ヶ所だけ、行き止まりに向かってテープがあるので迷ったが(その先は倒木だった)、それ以外はテープを追っていけば自然に下りることができた。

どこが「天狗の踊り場」なのか説明板もないのでよく分からないが、奇岩巨岩が続くのでそのどれかだと思われる。そして、徐々に沢の水音が大きくなる。やがて、赤テープを巻いた角材の場所に出た。ここが、滑滝コースと天狗の踊り場コースの分岐らしい。

赤テープとか角材とか、よく意味の分からないマークをするくらいなら、行先案内がほしいものだと思った。林道の奥に駐車場を用意するくらいだから、登山者が来ても仕方ないということだと思うが、「飲料水の水源です」と注意書きがあったから、本当は来てほしくないのかもしれない。

ここからは、沢に沿って下りて行く。途中で、沢の中を歩くので進路に迷う場所があったのと、支流の沢を渡るロープ場があって、下が一枚岩なのでつるつる滑るという難所があったものの、道なりに下りて行けば林道に着く。赤テープは要所にあったし、シニアのグループが登ってきたので全くのバリルートという訳ではなさそうだ。

そのまま林道に出てしまったので、なぜ脇道に入って1/25000図にない道を登ってしまったのか、全く情けないことであった。おそらく、林道から登山道に入るという意識が強すぎて、間違えてしまったのだろう。基本的に、前回と同じ理由の道間違いである。

加えて、小町山周辺もそうなのだけれど、茨城県の山には1/25000図に載っていない道がかなり多いのである。私が登った道にも何回か分岐があったので、何かの意味があってそれなりに使われている道なのだろう。

花の入公園に戻ったのは1時15分前。事前の計画では2時下山だったので、1時間以上早く下りることができた。久しぶりに、つくば湯に寄って汗を流す。土曜日だけあって、登山帰りのお客さんが次々と入ってきた。

この日の経過
花の入公園(100) 7:00
7:35 登山道入口(204) 7:35
8:10 林道合流(368) 8:10
8:30 本来の林道合流(413) 8:35
9:20 加波山神社(620) 9:25
9:40 アンテナ塔東屋(698) 10:00
10:10 燕山(701) 10:15
11:30 滑滝最上部(423) 11:35
12:45 花の入公園(100) [GPS測定距離 9.2km]

[Jun 21, 2022]

燕山からの直接登山道は滑りやすい急傾斜で足腰に負担が大きい。ただ、新緑はすがすがしかった。


筑波山・加波山と稜線続きだけあって、こういう奇岩・巨岩が次々と登場する。「天狗の踊り場」もこんな感じ。


滑滝の難所、ロープを頼りに支流を歩いて渡る。一枚岩がつるつる滑って危ない。


雨引山・燕山 [Oct 9, 2022]

   
この図表はカシミール3Dにより作成しています。

5月に笠取小屋に行って以来、しばらく山歩きができなかった。

最大の理由は、天候である。6月に入っていきなり暑くなり(結局取り消されたがいったん梅雨明けが発表された)、その後涼しくなる日はあったものの、ほとんど毎日のように大気の状態が不安定という予報である。

9月になると、毎週定期的に台風が来た。関東まで来る頃には勢力が衰えているものの、「観測史上最大級で、これまで経験したことのないような危険が迫っている」と言われると、家でおとなしくしている他にない。

気象庁でコメントを作っている人達には経験がなくても、私は子供の頃江戸川沿いのゼロメートル地帯にいたので、道路が水浸しになったり公民館に避難した経験がある。年寄りだからある程度の経験はあるし、昔は街の防災もいまほどできていなかった。

この夏はおカネの余裕がなくて、出かけられなくて不幸中の幸いというのが正直なところであった。その分、ランニングをがんばって10月2日の白井梨マラソンを走ることができた。

じっさい、9月にさわやかな秋晴れの日などなかったので、10月2日が終わるまではどうしようもなかった。5月から、5ヶ月のブランクである。3年前、台風で奥多摩・丹沢が被害を受けた時と同じ状況となった。

秋緒戦は泊りがけで遠出するのが通例なのだけれど、慣らし運転をしてからでないと思わぬアクシデントに見舞われる可能性がある。ランニングをしているとはいっても「登山のトレーニングになるのは登山だけ」と書いてある本もある。

だから行先を熟考した結果、復帰初戦は茨城の山にした。標高1000mない山がほとんどなので、バテても何とかなる。頂上から登山口まで2時間あれば下りられるし、限られた場所を除けば危険もない。

雨引山から燕(つばくろ)山までの稜線は、2年前に歩いた時に大バテした経験がある。汚名返上で、ここを再度歩いてみることにした。雨の日を避けたら10月9日の日曜日になった。まあ、それほど混むことはないだろう。

前回は電車で岩瀬まで行ったけれど、時節柄今回は車にした。目覚ましのアラームが鳴らず、30分寝坊してしまった。結果、予定より30分遅れて岩瀬駅到着。駅前の市営一時駐車場には、すでに2台先客がいる。備え付けの封筒に300円入れて出発した。

駅から20分歩いて登山口に到着、前回は左を進んで見逃してしまった不動滝を見るため、右コースをとる。滝そのものは樋から水が落ちているだけだが、東屋があって休めるようになっている。

前回御嶽神社で会って雨引山までご一緒したおじいさんによると、ここは御嶽参りをする行者さん達が水垢離する滝だそうだ。だから、ちゃんと掃除されているのだろう。

登山口から御嶽神社まで20分。二礼二拍手一礼して登山の無事をお願いする。230.8mの三角点は、神社の少し先の薮、左に入る踏み跡の先にある。目印に赤テープが貼られている。

5ヶ月ぶりの山歩き。岩瀬駅に車を止めて、まず御嶽山を目指す。


不動の滝は、かつて御嶽山の行者が修行に使ったという。


御嶽山の三角点は神社の少し先、薮の中の踏み跡の先にある。


雨引山までのコースで、確認したいことがあった。 一つは、前回おじいさんに案内してもらった、関東ふれあいの道から外れるルートである。「案内のとおりに行くと、ずっと下ってそれだけ登るから、土地の人は誰も通らないよ」と言っていた。現に、案内してもらったルートで向こうから地元の人が来てすれ違った。

もう一つは、この春、燕山の東屋で会ったおじさんが「雨引山のアンテナ、なくなってたね」と言っていたことである。実際に、どうなっているのだろうか。

一つ目の地図に載っていない経路について、御嶽山から雨引山まで残り半分のあたりで、道が3つに分かれている。右が関東ふれあいの道が示すルートだが、真ん中は「立入禁止」札が下がっていて、左は行先が書いていない。

ここで分れたような記憶もあるが、いまひとつ自信がなかったので案内の示すルートを選んだ。ところが、道はどんどん下って行く。これは違ったかなと思った時には、かなり下っていたので引き返すのもムダなような気がした。

帰って地図を確認するとやはりこの場所で、関東ふれあいの道は崖(古い採石場か?)に沿って標高差50~60m下り、回り込んで再び登る。おじいさんに教えてもらった道は、ほとんど起伏がない。

現在はここで採石は行われておらず、旧採石場を突っ切るルートが使用可能になっているらしい。距離的にはほとんど変わらないが、標高差50~60mは結構きついのである。まあ、登ってしまえば同じことだが。

もうひとつの課題、アンテナ塔は合流したすぐ後である。近づいた時には、建物もあるしアンテナもあるように見えたので「なんだ、あるじゃん」と思ったのだが、いよいよその場所まで行くとアンテナは脚部から上が撤去されていた。

建物だけは、立派な鉄筋コンクリート造りがそのままであったが、アンテナがなければほとんど意味がなさそうだ。

かつて、遠距離は無線・近距離は有線というのが通信の常道であったが、いまやそれは逆転し、遠距離は有線(光ケーブル)、近距離は無線(4G,5G,WiFi)というのが常識である。ここは遠距離通信の用途だっただろうから、近距離通信にはそのまま使えない(5Gで設備はいるけれども、こういう大きな施設は必要ない)。

入口に回ってみるとNTTの施設であった。NTTとしては、かつて電話加入権で作ったものだから、自分の懐は痛んでいない。痛んだとしても、すでに電話料金で回収している。

いずれにしても、雨引山の目標になっていたアンテナ塔は、おじさんが言っていたようになくなってしまった。房総の大台山(余蔵山)はKDDのアンテナ塔だったが、すでに建物も撤去されて更地になっている。

建物を撤去するかどうかは、原状復帰の要不要、つまり借地か自分の持ち物かで決まると思われる。NTTはもともと電電公社で、つまり公営なのでおそらく自社の持ち物だから、このまま廃墟となるのだろう。その頃私は生きていないだろうが。

旧アンテナ塔からひと登りで雨引山である。頂上には東屋が建っている。前に来た時には先客がいたけれど、今回は私だけだった。西に展望が開けていて、筑波山の3つの頂と麓に広がる真壁から桜川の景色がたいへんのどかである。

残念なのは、雲が厚くて日光連山が見えなかったことである。雲が厚いのも道理で、この日の天気は下り坂、夕方から夜にかけて間違いなく雨が降り出すという予報なのであった。

雨引山の目標になっていたアンテナは、すでに撤去されている。


雨引山の東屋。この「関東のふれあいの道」コースで、登山道の管理や休憩施設の手入れがされているのはここまでのようで、この先は難易度が増す。


雨引山からの眺め。残念ながらこの日は雲が多く、日光連山は見えませんでした。


雨引山を過ぎて燕山まで、ハードな道だということは前回歩いて分かっていた。

一緒に歩いたおじいさんが「ここはいつも整備してくている人がいるんだ」と言っていたように、雨引山までは刈り払いもされているし、手作りのベンチも何ヶ所か置かれている。そういった手入れが、雨引山を過ぎるとなくなるのだ。

関東ふれあいの道(首都圏自然歩道)であることは雨引山の前でも後でも変わりないから、もともと茨城県の整備は雨引山の後程度しかやっていなくて、それだけ地元の人が立派だということなんだろう。

雨引山から少し下って、雨引観音への分岐を過ぎると、いよいよ燕山への尾根道である。燕山までは5.1kmある。平地であれば5kmくらい何でもないが、この尾根道は結構なアップダウンがある。

今回車で岩瀬まで来て改めて見たのだが、雨引山から燕山までの稜線はピークが4つ5つあって、なだらかという見た目ではない。すべてピークを通る訳ではなくほとんど巻くのだが、それでも起伏は激しい。

帰ってから調べたところ、この日の最高到達点・燕山は700mそこそこの標高なのに、累積標高差は1000mを超えている。それだけ、ハードな道なのであった。

そして、尾根道にもかかわらず、展望がほとんど開けないのもつらいところである。左右は笹原でただでさえ見通しがない上に、笹原の向こう側も雑木林である。足元はイノシシがほじくったと思われる穴だらけであった。

標高400mくらいでのびやかな尾根道を期待するのが間違っているかもしれないが、この稜線でも足尾山あたりの方がずっと眺めがいい。舗装して林道になった方が、かえって自然を満喫できるというのも皮肉だ。

あと、たいへん気になったのは、燕山への登りにかかるあたりで、マウンテンバイクの轍の跡が掘れていて、たいへん歩きにくいことである。

地盤が赤土で粘土のようになっていて滑りやすい上に、唯一歩ける場所がタイヤの轍で掘れている。タイヤの幅は登山靴の幅くらいしかなく、綱渡りのようにして進む。

平らな場所はそれで何とかなるけれども、斜面では登山靴でも滑る。もともとタイヤの跡すら残らないつるつるになっているのに、左右の地面もまた滑る。とても「自然歩道」とはいえない。「二輪車禁止」の貼り紙はあるけれど、カエルの面になんとかである。

タイヤの跡は左(東)に逸れて行ったから、八郷方向から来ているのだろうか。そういえば、自然歩道をマウンテンバイクのコースにしてしまった仏頂山・高峯もここから距離的にすぐの場所である。

マウンテンバイクの跡を見送って登山専用道を登ると、やがて燕山への最後の登りが始まる。「燕山1.1km」の標識の先あたりからだが、遠目で見ても結構急傾斜の、骨の折れる登りである。

急傾斜は階段の後、急坂、急階段、急坂、急階段と続き、やや緩斜面の後、ロープのある急坂、急階段と続く。登り始めは雨引山と大差ない400mほどなので、標高差まるまる300mを登ることになるのだ。

その後もうひと登りしてようやく花の入公園に向かう踏み跡を過ぎ、燕山山頂である。山頂では、単独行のシニアがお昼を食べているところだった。ちょうど12時、雨引山から2時間半かかった。

雨引山を過ぎると道の状態が悪くなる。笹林がほとんどで展望もない。足元はイノシシがほじくった跡がたくさん。


「二輪車禁止」の国有林にもかかわらず、タイヤの跡だらけ。赤土で滑るので、登る人はたいへんである。


燕山への最後の登りの始まり。1kmで300m標高を上げるから、かなりの急傾斜。


さて、当初の計画では燕山から花の入公園に下山する予定であった。前回登りで使った、地図に載っていない登山道を探そうと思ったのである。

ところが、燕山を目指して登っている時、空を見るといまにも降り出しそうである。おまけに、東から強い風が吹いてきて笹原が右左に大きく揺れている。雨具はちゃんと用意しているけれども、予報は夜までに90%雨である。

燕山までたいへん滑りやすい道を登ってきただけに、加えて雨で道が濡れたらたまらない。安全策で、加波山神社から直接下りるルートを選ぶことにした。

燕山でシニアの単独行の人に会うまで、日曜にもかかわらず誰もいない登山道であったが、さすがに加波山が近づくと何人かの登山者に出会った。それでも、雨予報なので4、5組ほどと少ない。

加波山神社の山頂拝殿から下る道を通るのは初めてである。これまでは、登りでも下りでも加波山神社本宮の参道を通ってきたが、このルートだと途中から車も通れる林道になるはずである。

ところが実際には、この道がかなり歩きにくい。本宮参道が尾根道なのに対し、この道は沢道なので、下りはじめはかえって傾斜がきついのである。「何だ、この道は~!!」と思わず叫んでしまった。

この山域独特の岩まじりの歩きにくい道で、足の置場に迷わされる。ようやく岩が少なくなると、今度は上水道なのか塩ビのパイプが登山道に敷かれている。踏んだからといって破れないだろうが、たいへん気を使う。

結局、簡易舗装の林道に出るまで30分かかった。この林道は登山者のために作ったものではなく、採石場への運搬用に整備されたもので、登山者用の駐車場はない。本宮参道の分岐まで約20分、さらに20分で加波山神社の拝殿まで下りることができた。

幸いに下山するまで降られることはなかったが、ヤマザクラ号で岩瀬駅に戻り、車に乗ってすぐに雨が降り出した。予報より少し早かった上に、あっと言う間に土砂降りになり、道路は水浸しになった。

この日の収穫はあまりしんどい思いをしなかったことである。

前回歩いた一昨年の正月は、燕山までの最後の登りで階段に座り込んでしまうほど疲れた。今回はさすがに息が上がって立ち止まることはあったものの、足が攣ったり座り込むようなことはせずに済んだ。時間的にも、10分だけだが早く燕山に着いた。

下山した後も、さすがにふくらはぎや太ももが少々痛んだものの、それほどきつい思いをすることなく2、3日で回復した。5ヶ月ぶりの山で、これは上出来である。

おそらく、夏の間ほとんど毎日していたランニングがいい方向に影響しているのだろう。「登山のトレーニングになるのは登山だけ」と何かに書いてあったが、足腰と心肺機能を鍛えるのは悪くないようである。

この日の経過
JR岩瀬駅(53) 7:40
8:00 登山口(72) 8:00
8:20 御嶽山(230) 8:25
9:20 雨引山(409) 9:30
11:15 燕山階段手前(424) 11:20
12:00 燕山(701) 12:30
13:30 加波山林道合流(366) 13:30
14:30 長岡バス停(38)
[GPS測定距離 13.3km]

燕山頂上。ここは狭くて大勢いられないが、10分ほど進むと東屋がある。


空模様が怪しかったので、予定変更して直接下山する。歩きにくい登山道が終わり、ようやく林道に出た。


林道は登山者のためではなく、採石場の運搬用に作られたもの。ここから加波山神社本宮参道の分岐まで約20分、さらに20分で麓の加波山神社に着く。


[Nov 3, 2022]

雨引山・三本杭 [Dec 7, 2022]

   
この図表はカシミール3Dにより作成しています。

日光まで遠出した後、次は栃茨県境にしようと思っていた。ところが、11月下旬から急に冷え込んだ。

八千代マラソンの翌週の天気予報でも、宇都宮は平地なのに積雪などと言っている。平地で降っているのに山は尚更である。赤薙山の二の舞は避けたい。

そして、標高800mとはいえ筑波山も侮れないのである。冷え込むと頂上付近は必ずアイスバーンになる。以前、男体山で滑って転倒した。傷は治ったものの跡が残っている。死ぬまで消えないかもしれない。

いろいろ考えて、前回に続いて雨引山を歩いてみることにした。御嶽山から雨引山まで、おじいさんに教えてもらった抜け道も通ってみたいし、燕(つばくろ)山までの地図に載ってない道も探索してみたい。

12月7日、朝は濃霧であった。栃茨県境を考えていたからではないが、国道294号で取手から下妻、下館を経由して岩瀬駅に向かった。家から2時間で真岡まで行くので、時間は変わらないと思ったのである。

ところが294号が意外と混んでいた上、下館から岩瀬までも予想より遠くて、岩瀬到着が8時を過ぎてしまった。遅れたのが気になって、コンビニに寄って昼食を調達することもできなかった。これは、後で響くことになった。

駅前の桜川市営駐車場に止める。この日は、半分ほど埋まっていた。300円を封筒に入れる。まだ周囲は濃い霧におおわれていた。昼食は買えなかったけれど、非常食のカロリーメイトで何とかなるだろう。

出発は8時25分。予定より25分遅れである。家を出たのが5時半過ぎだから、3時間近くかかったことになる。やはり、普段通り学園都市経由で来た方が早かったようだ。

さて、この日の主目的はピークではなく、これまで見逃してきた脇道の踏み跡を見ることである。茨城県の山には電子国土に載っていない道が多く、逆に電子国土の道が廃道化していたりする。WEBを見ると、歩ける道が結構あるようだ。

よく考えれば、雨引山から燕山までの約2時間、麓に下りる道がまったくないはずがない。林道は通っているのだから森林の管理のために誰か通るだろう。

まずは、おじいさんに教わった御嶽山から雨引山までの抜け道である。分岐は前回登った2022年10月に確認してある。関東ふれあいの道の標識から、行先を示していない踏み跡に入るのだ。

踏み跡というよりも登山道で、関東ふれあいの道より道幅が太い。しかも、人も多く通っている形跡がある。斜面(採石場)方向にはトラロープが張ってあり、進入しないよう注意を促している。

ゆるやかな傾斜を登って行くと、八郷方面への景色が開けた場所に出た。霧が消えて雲になって、吾国山・難台山にかかっている絶景である。この景色は、関東ふれあいの道からは見えない。

道なりに進み、採石場の資材置き場を突っ切って斜面を登る。ブルトーザーはWEBで見たのと場所が変わっていたから、現在も使われているようだ。ご好意で通らせていただいているのだろう。ありがたいことである。こちらの方が起伏はずっと少ない。

当日朝はずっと霧。8時を過ぎても周囲が白く霞んだままでしたが、午後から暖かくなりました。


前におじいさんに教えてもらった抜け道を歩く。進入禁止区域にトラロープが張ってあるので、普通に登山道として使われているようです。


途中に、八郷方面に景色が開けている場所がある。関東ふれあいの道では、この景色を見ることができない。


最初に来た時に道を教えてくれたおじいさんもそうだったが、ここは地元の人達が雨引山までのお散歩コースにしている。この日も、引き返してくるシニア4、5人とすれ違った。

登山口近くですれ違ったおじいさんは「上は霧でなんにも見えない」とおっしゃっていたが、抜け道を過ぎたところで会ったおばあさんは「雲の上から富士山が見えてきた」とのこと。気温が上がって霧が晴れてきたようだ。

雨引山に着くと、今度はリュックを背負った人達が登ってきた。トレランらしい、荷物を持たない若い人達もいる。私の方がちょっと早く着いたので、東屋のテーブル付の場所をすでに確保していた。

時刻は10時に近く、朝食が4時台だったのでお腹がすいてきた。この日はEPIガスを持ってきたので、お湯を沸かしてインスタントコーヒーを淹れる。とてもおいしい。しかし、昼食を買ってこなかったのだ。

非常食のカロリーメイトを1袋2つ開けて食べ、残りは文字通り非常食にしようと思ったのだが、1袋では足りずに両方食べてしまった。仕方がない。下山すればコンビニがあるだろう。

登ってきたシニアが「スカイツリーが見える」と言っている。行ってみると、筑波山と富士山の間に、スカイツリーの上だけが雲の中から浮かんでいた。こういう見え方をするとは知らなかった。

20分ほど休んで腰を上げる。次に確認したかったのは、雨引山の次のピークへ行く電子国土の破線だった。

電子国土によれば、ピークを通る尾根道より巻き道の方が標高差がなくて歩きやすいように見える。実際に関東ふれあいの道に指定されているのは巻き道なのだが、極端に道が悪くなるので嫌だった。

分岐はすぐに見つかった。「加波山→」と立札のあるところで、尾根に伸びる踏み跡がある。この日のメインはもっと先なので表示どおりに進んだものの、2ヶ月前には崩れていなかった場所が崩れていて、さらに歩きにくくなっていた。

ところがしばらく先で、その見送った尾根道から、雨引山で会ったシニアのご夫婦が下りてきたのである。聞いてみると「ああ、こちらを歩けば階段がないからね。自己責任で」とのことであった。

ここにも「←雨引山」の立札があるのだが、尾根道に向かう大木の幹に「入口」と大きく赤ペンキで書いてある。踏み跡も太く、慣れた人はこちらを通るようだ。

尾根道と合流してすぐに左に踏み跡が伸びている。稜線東側の麓に下るものと思われた。左側の踏み跡はこの後も2、3本現れる。

この日確かめたかったポイントが蛇口三角点であった。「じゃぐち」なのか「へびくち」なのかよく分からないが、地名だから多分「へびくち」なのだろう。縄の結び目が輪になったところのことだそうである。

1/25000図で三角点があることは認識していたものの、雨引山・燕山間で眺めのよいピークはないし、三角点を見た記憶もなかった。スマホで確認しながら進むと、なんと登り坂の途中に三角点があった。

近くの木の幹に「△」と赤ペンキで書いてあった。ここからどうやって三角測量したのだろう。木が繁って、西側からも東側からも麓を見ることはできないのだ。

雨引山からは筑波山が絶景。雲の中から富士山やスカイツリーが見えた。そして、まだ紅葉が残っている。


この日は踏み跡を注意して歩いた。関東ふれあいの道の案内にないこの道からシニアのご夫婦が下りてきて「こっちは階段ないから」とおっしゃっていた。


蛇口三角点は三角点には珍しく、ピークにないし景色も開けていない。近くの木に、赤ペンキで△が書かれていた。


さて、この日もうひとつ確かめたかったのは、雨引山・燕山稜線から花の入公園に下りる道であった。

ネットを探すと、三本杭という場所から東飯田林道支線に下りることができるらしい。東飯田林道支線は、花の入公園から燕山登山口を経て加波山神社直下まで伸びている道である。その名のとおり、三本の杭が立っているそうだが、記憶にない。

ここまでの何本かの踏み跡は東に伸びていたが、蛇口三角点からは西側に踏み跡がある。方向的にみると、大曽根集落あたりに下りる道かもしれない。三本杭はもっと先のはずである。

344m独標のあたり、東側から登山道が合流するところにも、西側に下りる踏み跡のようなものがある。しかし、あまり使われていないのか茂みになってはっきりしない。

電子国土を見ると、稜線と林道が接近している場所が怪しい。なぜ稜線まで伸ばさなかったのか謎だが、崖や急斜面がある訳でもないのに林道が唐突に終わっている。

行ってみると、そこは見覚えのある場所であった。三本の杭は気付かなかったが、「二輪車通行禁止」の看板がある。この先、赤土の滑りやすい斜面に自転車の細いタイヤの溝が掘れて、たいへん歩きにくくなるのである。

通行禁止の看板が稜線を向いているのでそちらから来るのだろうと思っていたが、ここまで自転車が上がってくるのは三本杭の下からの方がずっと入りやすい。それだったら、看板の向きが違うような気がする。

三本の杭は、まさに林道から車の進入ができないように設置してあるように見える。そして、すぐ下の林道まで、踏み跡というより作りかけの林道のような太い道が通っている。これが、1/25000図にも電子国土にも載っていないのである。

スマホで方向を確かめながら三本杭から下る。すぐに、砂利道の林道にぶつかる。道は左右に伸びているが、麓に向かうのは右のはずだ。

砂利が敷いてあって、車の轍も残っているから使われている林道である。道なりに下って行く。左右の林の中に入る踏み跡がいくつも見えるのは、森林の管理に使っているのだろうか。

ヘアピンカーブを回ると、チェーンが掛かっているゲートに出た。「進入禁止」の看板がある。そこから上は車は入れないが、自転車ならかついで越えられるだろう。実際、以前すれ違ったマウンテンバイクの集団は、ここから入ったはずである。

妙なのは、ゲートの下にも、「進入禁止」の看板がたくさんあることであった。ゲートより先が進入禁止ではなくて、林道全部が進入禁止なのだろうか。二輪車はともかく、歩く分にはどうこう言われることもないと思うが。

さすが林道で、道幅は広いし傾斜はゆるやかである。のんびり歩いていると、見覚えのある道に出た。ここは、花の入公園のすぐ上である。

砂利道の林道が舗装道路にぶつかる。ここを左に進むと花の入公園だが、岩瀬駅へは右である。やまざくらGOまでかなり時間があったので、岩瀬駅まで1時間半歩いた。朝の濃霧が嘘のように晴れ渡って、暖かくなった。

この日の経過
JR岩瀬駅(53) 8:25
8:55 御嶽山(230) 9:00
10:00 雨引山(409) 10:25
11:30 蛇口三角点(265) 11:30
11:55 三本杭(330) 12:00
12:55 東飯田林道舗装路 13:00
14:30 JR岩瀬駅(53)
[GPS測定距離 16.8km]


三本杭(右の木の横に見える)の目印は「二輪車通行禁止」の看板。三本杭の下から登ってくるのだろうから、この方向に書いてあってもという気がする。


三本杭のすぐ下から東飯田林道支線。しばらく下りるとチェーンがあって車は入ってこられないようになっている。


大曾根まで下りてもこの時間にバスはなく、岩瀬駅まで歩く。万歩計は3万歩になりました。右にこの日歩いた稜線が見えた。


[Jan 19, 2023]

燕山から蛇口三角点 [Jan 4, 2023]

燕山2023   
この図表はカシミール3Dにより作成しています。

冬至が過ぎたばかりで、まだ早朝は陽が出ていない。

こういう時間に車を走らせていると、なんだかなつかしい気持ちになる。昔こういうことがあったような気がするのだが、私が免許を取ったのは三十を過ぎてからで、若い時にひとりで走ったことなどない。

そもそも免許を取ったのは家族を乗せる必要があったからで、ひとりで車を運転するのは子供が独立して以降である。奥さんも置いてということになると、ここ十年の山歩き以外にはないのである。

そして、最初の頃は車を運転すると余計な気を使うので、登山口まで電車・バスを利用していた。車が多くなったのは数年前に房総の山に登り出してからで、房総半島に公共交通機関で行くのは至難の技だからであった。

さて、6時半を過ぎてようやく明るくなり、ライトを消して走れるようになった。5時半に家を出たので、もう学園都市まで来ている。前回は取手から守谷・水街道を経由したので、予想外に時間がかかってしまった。今回はいつものように学園都市経由である。

家のフィットは2時間運転すると「そろそろ休みませんか」とAIに言われてしまうのだが、言われる前に花の入公園に着いた。1月4日の7時過ぎ到着、一番乗りである。

花の入公園に来るのはこれで3回目、岩瀬にも何度も行っているので、ようやく道を間違えないで来ることができた。つくば方面から走ると、「花の入公園→」の表示は見えない。代わりになるのは、石屋さんだか材木屋さんの大きな看板である。

さて、今回登る燕(つばくろ)山の直登コースは、前に通った際下りに使ったので登るのは初めてである。いずれにしても目印が少ないので、道間違いしないように注意しなくてはならない。

と思っていたのだが、おそらくこの秋に、かなり整備されたようである。まず、東飯田林道の要所に「つばくろ山→」の小さな案内板が立てられている。これさえあれば、登山口が分からず敗退することはなかったのだ。

そして、滑滝コースとの分岐にも、真新しい黄色いテープが目立つように付けられている。案内板は右の滑滝コースに矢印が向いているのだけれど、テープは直登コースを想定しているようで、黄色テープが続けて出てきた。

あまりに多すぎて、電子国土に載ってない道をこんなに案内していいのだろうかと思った。ただ、滑滝コースは滑りやすく危ない場所があるので、こちらの道の方が安全だし登りやすい。去年来た時より、道幅も広くなっていた。

花の入公園に駐車。これで3回目なので、ようやく迷わずに着けるようになった。


これまではなかったはずだが、「つばくろ山→」の小さな行先案内が要所に立てられていた。


滑滝コースとの分岐には、黄色のテープが貼られていた。行先表示の示す右側には進まない。


滑滝に入る道から分岐して、東飯田林道支線にショートカットする道は電子国土には載っていない。1年前(2021年)に来た時には、ときどき後ろを振り返って景色を確認しなければならなかったが、今回は真新しい黄色テープの目印がある。

それだけでなく、道幅も広くなり、ところどころ砂利を敷いて補修してある。まさしく登山道である。点線の道でも、これより道らしくないところは珍しくない。

東飯田林道支線に突き当たる直前では、尾根筋と沢筋の2つに道が分かれるが、どちらで進んでも林道に突き当たる。林道の出口にも、黄色テープが結んであった。

ここから10分ほど林道を歩く。車も通れる道幅で、しかもほとんど平らに整備されている。ずっと下の方で一般車通行止のチェーンが張られているけれども、長い間使われていないという道ではない。

おそらく、本来の目的である森林整備の他に、つばくろ山直下にあるいくつかのアンテナ塔の維持保全や、筑波山神社の用事に使われているのではないかと思う。

林道から再び登山道に登る場所にも、黄色テープが張ってあった。ロープも補強されていたように思う。前回来た時にはここから上がってどちらに進むか分からず他の道を通ったのだが、ちゃんと右の経路にテープがある。それも3つ4つ。

あまりテープが貼られると親切を通り越してうるさいような気がするが、ここからは電子国土でも点線の登山道だからある程度は仕方がないかもしれない。そして、傾斜はこれまでよりかなり険しい。

以前ここを下ってきた時、すべりやすくて大変な道だと思った。手がかりが少なく、道端にたくさん生えている笹をつかんで登る。このところのランニングの効果か、それほど息は切れない。

ひと登りすると、目の前に巨岩が現れる。巨岩を巻いて進むと、見上げた先にピークが見える。しかし、このピークはつばくろ山ではない。そのピークには黄色テープが貼られているだけで、そこから下ってさらに登るのだ。

スイッチバックで右左と方向を変えながら登ると、再びピークらしきものが見えてきた。まだ時間が早いのでまた偽ピークかと思ってそこまで登ると、左右から登山道が合流していた。なんと、つばくろ山直下である。

時間を見ると、まだ10時にかなり間がある。花の入公園を出発したのが7時半だから、2時間ちょっとでつばくろ山まで登ってしまった。つばくろ山を目的地とするなら、花の入公園から登るのがもっとも早いし安全である。

林道との合流点にも、以前はなかった黄色テープが。私は10mほど先の分岐から出てきたが、すぐ下で合流する。


林道から直登登山道の分岐にも目印のテープがたくさん。ロープもしっかりしたものになった。


直登登山口の中ほどにある巨石。このすぐ上に見えるピークは偽ピークで、つばくろ山はもっと上にある。


つばくろ山の頂上に着くと、私の前に3人グループがいた。この山で会うこともあまりない上に、まだ10時前という時間である。

花の入公園には私が一番乗りだから、岩瀬から登ったものと思われる。水戸方面から電車で来たとしたら7時半スタート、2時間半ほどで雨引山からつばくろ山を踏破したことになる。

私の足だと4時間近くかかるところだが、このまま筑波山まで縦走すると言っていたから、そのくらいのペースなのだろう。私はここでお昼休憩にしたけれども、彼らは小休止してすぐに出発した。

これから加波山・足尾山・つくし山と進み、さらにいったん下ってまた登る。私は何回かに「区切り打ち」しなければ無理だったが、WEBをみると結構多くの人が挑戦している。いい天気なので大丈夫だろう。

この日は車外温度が-3℃になったが、道の様子はそれほど冷え込んでいるようでもなかった。風もそれほど強くなくて、登る間は暑く感じるほどだった。天気は快晴、山日和といっていい日である。

東屋でEPIガスを出してお湯を沸かし、インスタントコーヒーを淹れる。やっぱり、ポットに入れてきたお湯よりかなり熱くて、それだけでおいしい。

コーヒーをふうふうしながら飲み、ジャムパンとそれで足りなくてあんパンも食べた。前回はコンビニに寄れず非常食のカロリーメイトをお昼にしなくてはならなかったので、今回は前日のうちに用意しておいたのである。

予想したより早く登れてしまったので、30分休憩した。10時20分スタート。再びつばくろ山頂上を経由して雨引山方向に向かい、蛇口三角点まで進む計画である。

このルートはこれまで登りでばかり使っていたけれど、今回初めて下りで使った。階段と急坂が交互に現れる急斜面だが、想像以上に下りがきつかった。

下り始めてすぐに、左ヒザが痛む。鶏頂山や赤薙山でも痛んだ場所だ。ランニングする時にはほとんど痛まないのに不思議なことである。この日は気温が低かったので、そのせいもあったのだろう。

左ヒザをかばいながら、歩幅を狭くして階段を下る。「とんとんとん」とリズムよく下れずに、右足下り、左足揃えとやっているから倍近く時間がかかる。とはいえ、本格的にヒザを痛めたら、標高差600mを下るのは至難の技である。

やっとのことで急坂・急階段が終わる行先案内板が見えた。次はマウンテンバイクの轍が掘れている難所である。落ち葉が積もっていて分かりにくかったが、踏み込むと低くなっていてつんのめってしまった。

ここは、左右の高くなっている場所が滑りやすい赤土で、危ないので低くなっている轍の跡を歩くことになる。「二輪車通行禁止」の立札が空しく立っている。ここまで来て禁止と言われてもどうしようもないだろうが。

三本杭まで下ると、ようやく傾斜がゆるやかになる。一安心であるが、下るのに意外と時間がかかってしまった。この日については、登りよりきつかったような気がする。

燕山のランドマーク、FM茨城のアンテナ塔。いつもあざやかです。


頂上直下の東屋で一息つく。寒かったのでEPIガスのお湯で淹れたインスタントコーヒーがおいしかった。


燕山から雨引山方向へは初めて下った。階段は急傾斜でかなりきつい。登りよりきつかったかもしれない。


三本杭から蛇口三角点までの稜線は関東ふれあいの道で、1ヶ月前に雨引山から歩いている。この日は逆方向だったが、思ったよりアップダウンがあった。

三本杭からしばらく下りで、その後登りになる。前回はそれほど感じなかったのだが、つばくろ山への登り下りで足腰に来ていたのだろうか。ただ、一休みするほどではなく、東屋で休んだ後はずっと歩いている。

雨引山への中間点を過ぎると、まもなく蛇口三角点である。前回も思ったが、ずいぶん見通しの悪い場所にある三角点である。しかも下り坂の途中にあるので、油断すると見逃しそうになる。

さて、ここから下る予定の道は、三角点から少し戻った案内板から踏み跡をたどる。電子国土には載っていないけれども、ネットに歩きやすい尾根道と書いてあった。標高差100mくらい下ったところに、点線の登山道が通じている。

踏み跡を入ると、テープとか目印になるものは全くないけれども、道自体ははっきりして迷うところはない。靴の跡が残っていたから、歩く人もいるようだ。

ただ、傾斜がきつくなるあたりから再び見慣れた景色になった。道の中央が深く掘れて、そこに落ち葉が積もっている。水が流れた跡にしては不自然に深い。これはおそらく、マウンテンバイクである。

マウンテンバイクが来れるなら下まで通じてそうだが、ネットにあるような気持ちいい道ではない。そして、歩くうちにいくつかに道が分かれて、深く掘れた跡は見えなくなった。どこか林道に通じるルートがあるのだろうか。

そして、スマホで見ると電子国土の点線まで下りているのだが、道の状況はここまで来た地図にない道とほとんど変わらない。そして、点線を左(南)に進む方が近いはずなのだが、そんな道はないのである。

仕方がないので点線を右に進む。というよりも、下ったまま道なりで進むとそうなる。かなり遠回りになるが、雨引山方面に通じている太い林道に出るはずだ。

沢沿いのごつごつした道でこれまでよりかえって歩きにくく、行く手に林道が見えた時にはほっとした。ここから花の入公園までずっと舗装道路だったが、距離があるので時間はかかってしまった。駐車場に戻ったときには午後1時を過ぎていた。

結局、登りは2時間で下りは3時間かかってしまった。時間もそうだったけれど、登りよりも下りで苦戦した一日でした。

この日の経過
花の入公園(103) 7:30
8:05 直登登山道入口(240) 8:05
8:50 林道分岐(480) 8:55
9:40 燕山(701) 10:10
11:30 蛇口三角点(365) 11:35
12:20 林道分岐(177) 12:20
13:05 花の入公園 (GPS測定距離 10.5km)

[Feb 16, 2023]

蛇口三角点から南に下る道は、1/25000図には載っていないが迷うことはない。しかしこれは、マウンテンバイクではないのか。
SH3B0330.jpg

1/25000図の点線の道も、これまでとたいして変わらない。林道が見えた時はほっとした。
SH3B0332.jpg

花の入公園までの林道から、この日登った燕(つばくろ)山がきれいに見えた。
KIMG0547.jpg

尖浅間・鬼越山 [Feb 28, 2022]

   
この図表はカシミール3Dにより作成しています。

歳のせいか、冬の間は山に行きたくならなかった。

以前であれば、間を空けてしまうと次回の山で足腰に響くのでなるべく行くようにしたのだが、雪や氷はまず無理だし、霜解けでぬかるんだ道も気が進まない。以前、筑波山直下のアイスバーンで派手に転んだことがある。

2月下旬になってようやく暖かくなったので、ばたばたと準備して出かけることにした。

「どこに行くの」と奥さんが訊くので、
「急に決めたからまた筑波山。奥多摩は泊まりじゃないともう無理」と返事する。最近は手許不如意なので、たとえ凍ってなくても奥多摩は難しい。

筑波山系でも、わが家からアクセスのいいのは宝筐山・小町山周辺である。この山域で、ひとつ気になっていたことがあった。

昨年、小町の館から登った時にシニアの団体の後を付いて行ったら、小町山にも鬼越山にも行かず中腹から山を下る気配だったのである。これは違うと思って私は引き返したのだが、あれはどこに向かうルートだったのか。

後でGPSを見ると、軌跡は東城寺の上あたりまで続いていた。あるいは、あの道は宝筐山A-4標識から下った道につながっているのではないのだろうか。

もし違ったとしても、小町山周辺であれば1時間もあれば麓に下りられる。せっかくなので、小田休憩所に車を止めて、尖浅間からA-4標識、小町山周辺から宝筐山という周回コースを歩いてみようと計画を立てた。

2022年2月28日、朝はフロントガラスが凍るほど冷え込んだが、4月並みに気温が上がるという予報である。6時に出ればいいので体も楽だ。学園都市経由で、西大通り入口から宝筐山を目指す。

小田休憩所に着いたのは7時半過ぎ。出発から1時間半で登山口というのは、たいへん便利である。天気はすばらしいが少し風がある。この風は、昼過ぎから強風、夜には暴風となるのだが、まだそれほどではない。駐車場にも空きが十分あった。

支度して歩き始めたのは7時55分。案内板に従い常願寺コースを目指す。田舎道の奥で、昨年にはなかったイノシシ除けの柵が設置されていた。わが千葉ニュータウンと同様、このあたりもイノシシ被害が深刻なようである。

それはそうと、「最後の箕作り」の家はこの奥だったはずである。記憶のとおり、イノシシ柵から太陽光発電装置を通った後にその家はあった。もちろん車は止まっておらず、昨年見た時よりさらに寂しげだった。

イノシシ柵の奥に人家があるのはおかしいから、おそらくここにはもう住んでいないのだろう。大正生まれというから、ご存命であれば百歳内外、無理もないかもしれない。

箕作り集落跡を過ぎ、常願寺沢沿いを登って行く。後ろから足音もたてずに近づいてきたおばさんに「こんにちは」と挨拶されて、大層びっくりする。ずっと昔に思いをはせていると、現世の注意力が散漫になる。

沢が源流に近づくと、滑りやすいスイッチバックの急登が始まる。確か「弁慶の七戻り」とかいう立札があったと思うが、この日は見つからなかった。まるで奥多摩かと思うような急登である。

ただ、その急登も一休みする間もなく終わって尖浅間山の山頂である。テーブル付ベンチが何脚かあって、休めるようになっている。計画通り1時間で到着。ここで一休みすることにした。

宝筐山・小町山周辺はわが家からのアクセスが便利。出発して1時間半で登山口に着く。


昨年までなかったイノシシ除けの柵が作られていた。この奥に「最後の箕作り」の家があるのだけど、もう住んでいないのかもしれない。
SH3B0334.jpg

常願寺沢を詰めると、写真では分かりづらいが滑りやすいスイッチバックの急登となる。弁慶の七戻りという名前だっただろうか。
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尖浅間山の頂上で10分ほど休憩して、宝篋山への尾根道を辿る。頂上にはいろいろな方向に踏み跡があるけれども、「通行止」と書いた立札もあるし、1/25000図でみるとこの先は採掘地で崖になっている。危ない所に行ってはいけない。

宝篋山への尾根道はゆるやかなアップダウンで心地よい。1つか2つピークを越えると5分か10分でA-4分岐に着いた。ここから小町山方面に向かって下りて行く。

と、そこで立ち止まって休んでいたおじさん(私より10は上だろう)が「そっちに行くのかい」と話しかけてきた。

「ええ、小町山からぐるっと回ろうと思いまして」
「俺はいまそこから登ってきたんだ」

それは奇遇である。この日予定している道は、本当に通じているかどうか分からない。情報収集は大切である。と、お聞きする前に、おじさんが話し出したではないか。

小町山に行くんだったら、T字路を左に行ったらいいよ。右に進むと、ずっと下りてっちゃうだろう。俺もそっちを通って来たんだ」

まさにその道である。山道だからTの字になっている訳ではないが、水道施設のような場所に出るあたりで、右と左に三叉路になっている場所がある。

「ここは国有林だって立札立ててたよ。通っちゃいかんとも言われなかったけど、木を伐ったりベンチ作ったりするなっちゅうことだろうね」
「あそこはボランティアが熱心なところですからね」なんて話をする。

貴重なヒントをいただいた。歩きやすい山道を下って行く。歩きやすさでは、登ってきた常願寺コースや極楽寺コースより歩きやすいように思うが、1/25000図にもなければハイキングマップにも書いてない。やがて、右に貯水池が見えてきた。

このあたりである。注意して進むと、道端に真新しい立札が立っている。「ここは国有林です」と書いてある。そして、青テープの目印があって、その先で道が左右に分かれている。思っていたより上だが、ここがおじさんのいうT字路か?

方向的には私が思っていた三叉路を左に行くのと同じ方向である。看板とテープの目印を信用して左に進む。するとほどなく沢をわたる橋になり、そこで右から合流してくる道があった。おじさんのアドバイスで、ショートカットできたようである。

道は踏み跡というよりしっかりした道で、ここより心細い登山道はたくさんある。つばくろ山直登ルートよりも、ずっと道らしい道である。昨年シニア団体が向かった先は、ここで間違いないようである。

尖浅間山の頂上はベンチがあって広く休むのにちょうどいい。ここから宝筐山に向かって進み5分ちょっとでA-4分岐がある。


A-4分岐から小町山方面に下りて行く。1/25000図に載っていない道だが、長い間踏まれている道だ。そして、青テープの先に三叉路。ここがおじさんのいうT字路だろうか。


おじさんのアドバイスに従い左に進路をとる。すぐに沢を越えるがここで左からの道が合流する。私が思っていた三叉路で曲がってもここで合流しただろう。


ところが、道が合流して沢を遡っても、なかなか前年に引き返した場所に着かない。当時のGPSでは東城寺の上まで来ているのだが、そこからの道はまっすぐには下りていないのである。

森の中を右に左に進み、何ヶ所かで分岐がある。どちらに進む道もそれなりにしっかりしている。国有林の立札も再び出てきて、おじさんの言う今朝立てていたという立札がどれなのかよく分からなくなった。

立札で注意喚起するところでは、国有林では歩道の作設、備品の設置等はできないそうである。ということは、歩きやすくするために下草や竹薮を刈り払ったり、ベンチを置いたりするのもNGである。小町山周辺では、頻繁に行われていることである。

おそらく小町山ボランティアは、塚田陶管には仁義を切ったものの、森林管理署にはしなかったようである。まあ、正面から言っても断られただろうが。

房総でも奥多摩でも国有林の中を通る登山道は多いが、その多くは1/25000図に載らない。管理用道路なので、本来は登山に使用してほしくない。だから案内もないし地図にも載せないということなのである。

かなり前になるが、房総の石尊山で高齢者ハイカーの遭難騒ぎがあった。彼らが迷い込んだのも国有林の管理用道路で、1/25000図の点線よりもずっと道らしい道である。だから、この道で間違いないと思ってしまったのだ。

おじさんのアドバイスと立札の存在で、なぜこの山域に地図にない道が多いのか理由が分かった。しかしさすがに国有林は国であるので、登山者が入ること自体をとがめるまではしない。自己責任で、遭難しないようにしてくださいというだけである。

何回か分岐があって方角を確かめ、少し標高を上げたところでいつか見た景色の場所に出た。前回、引き返したあたりである。ここから小町山のハイキングコースまで約20分、A-4分岐から1時間かかってようやく一般登山道に復帰した。

下の写真は1/25000図にない国有林の登山道である。岩が突き出ることもなく、木の根が張り出すこともない歩きやすくいい道である。にもかかわらず、このルートは地図に載っておらず公表されてもいない。

地元土浦市の消防本部が作っているハイキングマップがある。道迷いで救助要請があったのかもしれない。ところが、国有林に入ってからの地図は載っていない。ベンチがあって消防のポスターも貼ってあるのだが、おそらくどこかからクレームが出たのである。

国有林の中にも、わりとオープンに登山道としての利用を認めているところもあれば、こうしてナーバスな場所もある。それでも、登山者を黙認してくれるのであれば、よしとしなければならないのかもしれない。

ハイキングコースに合流して、尾根を少し登ると松の木広場である。付近は木々を伐採して、テーブル付ベンチが4つ5つ置かれている。おそらく、国有林でこれをされたら困るということなのだろう。

思ったより時間がかかったが、想定したルートを踏破することができた。1時間半ぶりにリュックを置いてひと休みする。この日は風が強くなったので、EPIガスは使わずにアンパンとミネラルウォーター、みかんパックでお昼にした。

A-4分岐から三叉路までにトレランの2名とすれ違った後、国有林の中では誰とも会わなかった。が、さすがに小町山、にぎやかな声も聞こえてくる。ここから宝篋山までは、結構人通りの多い道となる。

普通の登山道よりかなり立派な道だけれど、電子国土にも1/25000図にも載っていない。これはなぜかと思っていたら・・・。


ここは国有林なので木の伐採や歩道の整備、ベンチ等の設置はいかんというお達し。奥多摩や房総でよく見る作業道という扱いなので地図には載せないようです。


1時間ほど国有林を歩いて小町山遊歩道に復帰、松の木広場でお昼休憩をとった。


松の木広場を11時に出発する。尾根をもうひと登りすると鬼越山頂上の分岐点となるが、上からにぎやかな声が聞こえてきた。大人数いられるような場所ではないから、頂上には寄らずに宝篋山を目指す。

宝篋山へは、別名サーキット退避路と呼ばれるパープルラインに並行した登山道を歩く。ここも、1/25000図には載っていない。パープルラインはもともと有料道路だから、歩行者の利用を想定していない。

有料でなくなった現在も、100km/h近くで飛ばしてくる車の50cm横を歩かなければならないのに、歩道はない。最初の頃、ここを歩いていた時はたいへんこわい思いをした。

退避路の存在を知ったいまは、もちろん退避路を通る。そして、気が付くと退避路からもアンテナ塔作業用道路からも、しっかりした登山道分岐が南西方向に延びているのだった。これは、国有林の分岐につながっているのだろう。

そんなことを思いながら、宝篋山までのんびり歩いて行く。何人もの人とすれ違う。この日も宝篋山は人出が多いようだ。鬼越山に続き、宝篋山も素通りして本丸広場に向かう。頂上直下も眺めがいいけれど、ここも安らぐ場所である。

朝方おじさんに国有林分岐のヒントをいただいたA-4分岐は、ここから尖浅間山に向かってすぐの場所にある。約3時間、予定していたルートをスムーズに歩けたのは、おじさんのヒントのおかげである。

下山は極楽寺ルートから直に小田休憩所に下りる。本丸広場を出てすぐ傾斜のきつい沢道となり、それが長く続く。下りで使うのは今回初めてだが、最後は少々ヒザに来た。400mそこそこの山だが、この日の累積高低差はヤマケイオンラインの計算によると900mあったようだ。

最後に、下山後に寄ったつくばウェルネスパークのお風呂について。

実はここは、最初の宝篋山で小田休憩所に寄ったとき、「ここがおすすめだよ」と言われたお風呂だったのだ。清掃工場付属のお風呂なのでいいことは分かっていたのだけれど、下山に時間がかかったり遠回りになるのでこれまで行けなかった。

ところが行ってみると、65歳以上は410円と格安である。65歳にならないと720円だから結構違う。そして、最初に奨められた時はまだ65歳になっていなかったから、行ったとしても格安ではなかったのである。

浴室は広く、広い湯舟と露天風呂もある。洗い場は1人1人衝立で区切られていて、シャンプーとボディソープが標準装備である。施設もまだ新しく清潔感がある。

休憩室が広くないので、湯上りにゆっくりできない点がネックだが、ゆっくりするより道が混む前に帰りたいので特に問題はない。千葉ニューの清掃工場付属お風呂と同様、シルバー世代が何人もゆっくりしていた。

この日の行程
宝筐山小田休憩所(30) 7:55
8:55 尖浅間山(339) 9:10
9:45 作業路分岐(154) 9:45
10:40 松の木広場(314) 11:05
11:55 宝筐山本丸広場(434) 12:05
13:15 宝筐山小田休憩所(30)[GPS測定距離 10.9km]

[Mar 23, 2023]

パープルラインに並行する歩道、別名サーキット退避路を通って宝筐山へ。頂上へは行かず本丸広場で休憩した。


極楽寺ルートで下山。滑りやすい急傾斜が終わったと思ったら麓だった。


帰りはつくばウェルネスでひと風呂。65歳以上410円とは思えない整った設備です。バックにこの日登った宝筐山。


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