11 日本古代史研究の問題点

2019年も終わりに近づいた。日本古代史の記事をブログ引っ越し以来全く書いていなかったけれど、実をいうと古代史研究の問題点がいろいろ見えてきて、「何を言っても仕方がない」と思えてきたのが最大の理由である。このまま時間が経ってしまうとどこに問題があったのか分からなくなるので、年の終わりに思うことをまとめておくことにした。

それは、私が常日頃書いている年金生活についてでもそうなのだけれど、ほとんどすべての人がおカネだけを評価軸にして動いていることが最大の原因なのである。ひとことで言うと、日本古代の真相がどうだったのかに関心があるのではなく、どういう主張が自分の懐を豊かにするかに関心があるのではないだろうか。

昔は良識の府とされた大学もマスコミも、現在ではどうやって自分が偉くなるか、自分の収入を増やすか、ほとんどそれだけを考えて動いているように思う。だから、大学など就職前の訓練機関でいいというような主張が出てくる。世の中はもう一度、なぜ勉強するのか、高等教育機関があるのかよく考えた方がいいと思うけれど、そういう考えはもはや少数派のようである。

11.1 日本古代史研究者が求めているのは真実ではない 日本古代史について自分なりに勉強して、考証の結果をまとめてこのシリーズを書いてきたのだが、いまさらながら気づいたことがある。

例えば、邪馬台国が九州か近畿か、後の大和朝廷との関係はどうなのかといったことについて、古代史の研究者たちは真実に近づきたくて研究しているものと私は思っていた。しかし、どうやら違うようなのである。

私にとって、日本の古代がどのような姿であったのか知りたいのは純粋な好奇心であり、損得は関係ない。邪馬台国が九州にあったから配当金が入ってくることもなければ、大和に邪馬台国テーマパークを作りたい訳でもない。

前提として間違いないと思われるのは、文明社会が開けたのは中国本土が早く、そこから中国東北部・朝鮮半島と地理的条件にしたがって開けていったということである。

だとすれば、日本列島で最も早い時期に文明の恩恵を受けたのは九州北部と本州の日本海沿岸であるはずであり、畿内や関東は時代が下ってそれらの地域から影響を受けたと考えるのが自然である。

そして、近年の遺伝学の知見によれば、もともと日本列島に住んでいたのは縄文人であり、彼らの特徴は現代の沖縄の人々、アイヌの人々に似ている。後からやってきたのは弥生人であり、彼らの特徴は朝鮮半島の人々に似ている。

では、弥生人はどうやって日本列島まで達したのか。その経路は魏志倭人伝が示している。対馬から壱岐を通って九州北岸に達したのである。せっかく広い耕地と海に向けて開けた土地があるのに、そこに拠点を作らず畿内の、しかも大和に最初から向かう理由は考えられない。

一方で、発掘結果をもとにした考古学的物証の多くは、大和から出る。これはよく考えると当たり前で、大和には発掘できる場所が多く、それだけ物証も多いからである。同じ畿内でも、例えば百舌鳥古墳群の周辺や難波宮想定地からは考古学的証拠が出にくい。そうした地域は宮内庁管理地であるか市街地にあるからである。

九州北部でも、金印が出土したのも魏志倭人伝の経路上にあるのも博多であり、地下には当時の遺構が残っている可能性が大きい。けれども、それらを大規模に発掘することは不可能である。だからといって、5世紀以前に古代都市があったのは九州北部でないとは言えないのである。

そうした様々の解決困難な状況があるのだが、残された確かな証拠から少しでも古代日本の姿を考証することが多くの人々の関心事だと以前は思っていた。しかし、実際はそうではないらしい。

彼らにとっては、真実がどこにあろうと関係ない。ともかく自分のテリトリーに予算(他人のカネ)を持ってくることが大切で、それに都合のいい理論、都合のいい発掘結果があればいいらしいのだ。どうりで、魏志倭人伝の記事とはかかわりなく邪馬台国の所在が新聞の見出しになるはずである。

  11.2 なぜ日本古代史を研究するのか では、昔の人達はどうだったのか。社会の教科書では徳川光圀や本居宣長は純粋な好奇心から日本古代史を考証したように書かれているけれども、よく考えると実際はそうではない。光圀は水戸学のもとになった朱子学的な思想があり、本居宣長にしても国学で、後の尊皇思想につながっている。

ということは、自分の思想を広めるのに都合がいいように日本古代史を再構成したのではないかという疑問が残る。そう考えると「もののあわれ」にせよ「ますらを」にせよ、事実に基づくというよりも価値判断とか美意識がまずあって、古書からそれに合うものを採ってきたと言えなくもない。

なんと古臭いと笑うことはできない。現代のわれわれが遺伝学的見地や考古学的見地を前提として考証するように、彼らは当時の最先端の理論である朱子学とか大義名分論を前提とした。私の学生時代にはマルクス経済学が必修科目の半分近くを占めていたのだから、五十歩百歩である。

私は、日本の古代に何があったか真実の姿を純粋に知りたいと思う。それを知ることにより、古代の人々の思いが現代につながると思うからである。あるいは、ただ単に「知りたい」という欲望だけが独立してあるのかもしれない。学問とは、もともとそういうものだったのではないだろうか。

例えば医学とか薬学といった分野は、人体がどうなっているか知ることにより、痛みを除き病いから身を守るという目的がある。しかし、歴史学にせよ民俗学にせよ、あるいは天文学や生物学にしても、実利と直接の結びつきはあまりない。千年前から人々が今の暮らしをしていたとしても、太陽が地球の周りを回っていたとしても、だから何が困るという訳ではない。

宇宙開発だって、未知の資源を獲得するとか地球以外に居住空間を作るとか予算をとる上で理屈付けはしたかもしれないが、実際のところは純粋な好奇心から出発している。だからすぐカネに結びつかないとなったらアメリカもロシアも月に行くのをやめてしまった。

いまや、推論やシミュレーションはAIがするものだという世の中である。しかし、何かを知りたいという好奇心はAIにないものである。AIが近い将来、将棋の必勝法を見つける可能性はあるけれども、どういうルールにすれば最も楽しめるゲームとなるかをAIが推論するのは難しいだろう。AIだけならば、いまだに将棋は大象棋のままかもしれない。

こうした点に関して、よく似ていると思うのは新聞記者をはじめとするメディアの姿勢である。新聞にせよTVにせよ、もともとは報道機関であって広告会社ではない。報道機関の本務とは世の中に事実を正確に読者・視聴者に伝えることで、その目的は広い意味で不正を防ぐことにある。

政権の腐敗にせよ行政の怠慢にせよ、ひとりひとりの個人が感じているだけでは小さい力しか持たないが、メディアがとりあげることによって大きな影響力を持つようになる。記者クラブが優遇されているのはそうした任務を負っているからで、新聞社やテレビ局がカネを持っているからではない。

だから、報道機関に携わる者に求められるのは、不正を許さない心であり、人々に真実を伝えたいという情熱である。しかし実際には、TV局員は政治家や広告主のコネ入社であり、新聞社員は一流大学の成績優秀者である。彼らが求めるのはよりよい世の中にすることではなく、自分達の生活をよりよいものとすることである。

もちろん、世の中には本音と建て前があり、「きれいごとを言っても給料がもらえないよ」というのは就職したての新人社員が先輩方からよく言われることである。だからといって、自分達の仕事が何のためにあるかということを考えずに、自社の(あるいは自分の)利益向上だけのために仕事をしていれば、いずれ行き詰まるのは目に見えているようなものだ。

研究者についても同じことが言える。自分たちが研究しているそもそもの目的は、誰かにとって都合のいい理由付けをするためではない。ところが、実際にはそうなっている。そこから理論づけに都合のいい証拠を捏造するところまで、あと一歩の距離にすぎない。

  11.3 常識で議論してもカネ勘定には敵わない 本来、知的好奇心とカネ勘定は全く別のものである。現代のわが国では総理大臣はじめ日本の中枢にいる人々が知的好奇心をカネ勘定の下位に置いているけれども、もともと知的好奇心はそれだけで独立した純粋なものである。

私が生きている六十数年間で世の中はいろいろ変わった。通信手段は多様化されたし、街はきれいになった。人前で平気で喫煙する人がほとんどいなくなったことは大変ありがたいことである。半面どうかと思うのは、ほとんどすべての人がカネの多寡を唯一の判断基準としてしまったことである。

かつてはそうではなかった。戦争に負けてみんな貧乏になったという要因はあったにせよ、「武士は食わねど高楊枝」という言葉は大昔からあった。おカネのない人はもちろん辛かったと思うけれど、自分のできる範囲で可能なことをするという節度があり、貧しいことは恥ずべき事ではないという矜持もあった。

ところがいつの頃からだろう、カネのないことは能力が劣ることで、結局のところ恥ずかしいことだという価値観が支配的になってしまった。カネがないことは「カネを儲ける能力がない」ことを示しているのは確かだが、生活する能力、学問する能力とは関係ない。未知の分野を研究したり、失われてしまった過去について探求したりするのは、基本的にカネがなくてもできる。

研究する能力が学歴や経歴と関係すると思うことは、一歩進めればカネの多寡ですべての能力が左右されると思うことである。

資料を示して推論したり常識的な筋道を示したとしても、「だってお前、カネないじゃん」と反論されて終わりというのが今の世の中である。誰も、自分の頭で考えて何が本当なのか考えることはないし、他人の分析を聞いて理解し自らを高めることを求めてもいない。

考えているのは、世間の多くの人達がどう考えて何を評価しているかということであり、余計なことは考えない。きっとその方が楽なのだろうけれども、そのような頭の使い方をして、何が楽しいのだろうかと思う。

カネといっても、彼らが認識しているのはいま現在通用している通貨だけである。紙幣や有価証券、デジタルデータになった金額の多寡、そういうものは千年前には何の価値もなかったし、「北斗の拳」のような世紀末にも価値はないだろう。

過去にそういう時代があったということは、将来そういう時代になるかもしれない。それが、古代史を勉強する本来の目的だと思う。そういう時代がもし来たとしたら、自分はどうやって生き延びるか。それが楽しい頭の使い方だろうと私は思う。

たいていの古代史の本には、「邪馬台国九州説は現在では論破されている」と書いてある。活字になって書いてあると本当だと思ってしまうのは人情だが、その根拠は「古事記・日本書紀に書いてない」「発掘に基づく証拠がない」ということである。記紀が事実だけを書いていると前提するのは変だし、発掘結果がないのは都市部の下にあって掘れないからかもしれない。

「古田説は現在では論破されている」というのはそうかもしれないが、「東日流外三郡誌」に騙されてしまう人だから仕方がない。ただ、長里・短里が疑わしいとしても、三国時代の人々が、朝鮮半島の横幅と半島南岸から倭国までの距離をだいたい同じと考えていたことまでは否定できない。

そして、室町時代初めでさえ畿内政権の支配は九州に及んでいなかったというのに、輸送手段も通信手段もずっと少ない古墳時代に、大和にある政権が九州まで実効的に支配していたと想定するのは、どう考えても無理がある。

それらの疑問点を考証し、少しでも可能性の大きい、無理のない仮説を構築するのが研究だと思うのだが、そうはなっていない。みんなカネ勘定のみが優先するのである。

いくら理由付けをして議論しようとしたところで、「俺がカネを稼ぐにはこうでなければ困る」と思っている相手に対して何の効果もない。最初から結論ありきで、それに合う証拠は声高に主張し、合わない証拠は無視するという姿勢の人達と、どうやって共通の理解ができるだろう。

世の中がそうなっている以上、これ以上声を張り上げても疲れる。私が生きている間にできることは、シンギュラリティ以降のビッグデータ世界に期待して、少しでも自分の理論を深めることだけである。

[Dec 19, 2019]